第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百十七
「呪術師に依頼するほどの、憎しみがおありか。帝国軍も、地の果てまでやってくれば、勝者の余裕も削げ落ちるらしい」
「プレイガスト、挑発するなよ。オレが、どれだけ短気なクソ野郎なのかは、お前はもう十分に知り尽くしているはずだぜ」
「まあ、たしかに。レビン大尉殿ときたら、生粋のサディストだからね」
「呪術師から、褒められたよ」
「邪悪な笑みをしてくれるものだ。貴方には、間違いなく軍人の才能はないよ」
「貧乏人が、大尉にまで出世できたんだぜ?」
「それ止まりだ。そもそも、こんな辺境軍の大尉ではね」
「うるせえよ。十大師団だって、ずいぶんと数が減っちまった!亜人種どもの連合ごときに、何度も負けまくっている!!……連中はな、もうとっくの昔に、エリート軍隊じゃないんだ!!」
「それ以下の存在だという認識は、君らもしているはずだがね」
「プレイガスト、お前は本当に、オレをイライラさせやがる男だ。なんて、可愛げのない男か。お前ぐらいだぞ?あれだけ、骨を折って、逆さ吊りにして、水で窒息させてきてやったのに。どうして、お前はそんなに反抗的なのか」
「決まっているよ。貴方が、あまりにも魅力の乏しい軍人だからに他ならない」
「言ってくれるぜ。殺されたいのか?」
「殺しはしないだろう。だって、私みたいなクソ野郎を、貴方は求めておられる。それほど、状況が悪いのか……」
「状況は、いいに決まっている。レビン大尉さまはな、いつだって絶好調だ!!」
「だとすれば、切実さがそうさせるのでしょうね。誰を、殺して欲しいんです?」
「……質問は、オレからする。依頼すれば、何日で、殺せる?」
「呪術に対して、抵抗策を取っているかいないかで、大きく変わるとしか。皇帝ユアンダートも、五年前ならば、呪術で暗殺できたかもしれない。だが、今となっては不可能に近い」
「皇帝陛下を、殺したいわけじゃねえよ」
「そうかね?君らは、どこかユアンダートへの愛が、薄らいでいるように見えるよ。西に下るほど、君らは、いかにも兵隊としての質を落としている。第九師団に、かなり人材を引き抜かれたな。残ったのは、カスばかり」
「うるせえよ。殴られたいのか、マゾ野郎め」
「呪術を作るには、君の動機が明確なほうがいいのだよ。コンプレックス、男の嫉妬。情けないな。だが、分かるよ。君は、見捨てられた息子みたいなものだ。皇帝ユアンダートは、君らを下に見ている。かつてほど、愛されていないのを感じるだろう?」
「陛下は、いつだって……帝国軍に愛情を注いでくださっている」
「そうかね?だがね、愛には順位があるものだろう。君らは、一番じゃない」
「だとしても、愛されている」
「何番目ぐらいだと、思うんだい?」
「……十大師団の、次ぐらいだ。辺境に派遣されたからといって、オレたちの暮らしは悪くねえ。女を囲って、デカい家に住んでいるんだぞ!」
「それは、借り物に過ぎないよ。君らが、この土地から撤収すれば、他の大尉が、君の使っていた娼婦どもを抱くんだ。君が住んでいる豪邸とやらの、寝室のベッドの上でね。君は、代わりがいくらでも利く、ただの凡夫だよ」
「忍耐を、試すなよ。クズ野郎!」
―――魔銀の檻越しに、レビン大尉は呪術師を打ち据えた。
呪術師プレイガストを殴るためだけに、用意された棒がそこにある。
プレイガストはさんざんに殴られたが、立ちつづけた。
その態度に腹が立つが、大尉は彼を処分するわけにはいかなかった……。
―――ひとしきりの暴力を行ったあとで、わめき散らしながら壁を叩いた。
叩きつけられた棒は、真っ二つに折れてしまう。
呪術師は垂れる鼻血も拭かないまま、ゆっくりと『獲物』を観察していた。
その視線の意図に、大尉はまだ気づかない……。
―――大呪術師と呼ばれる連中は、誰もが恐ろしいものだよ。
プレイガストという男も、間違いなくそのレベルにいる者だ。
どれほど魔銀の檻の奥にいたとしても、安心すべきじゃない。
彼は言っただろ、皇帝ユアンダートだって五年前なら殺せたのだと……。
―――世界最強の帝国の、皇帝を殺せるという自信がある。
だからこそ、この地の果てまで追いやられて。
十大師団にもなれなかった、非エリートの軍人ごときに殴られている。
彼からすればこの暴力は、屈辱ですらないんだろう……。
―――ここまでの地位失墜をさせられた痛みに比べれば、暴力なんて些細なものさ。
プレイガストは、怒りを落ちつけさせた大尉の言葉を待った。
そろそろだと考えているし、実際その通りになる。
大尉は汗ばむ体を断ち尽くしたまま、くすんだホコリに満ちた天井を見上げた……。
「……オレが、殺したいのは。査察官だよ」
「君らの所業に、目をつけるエリートがいたんだね。第九師団から来ていた者か」
「そうだ。第九師団は、崩壊しちまったが……」
「官僚的なシステムのすべてまで、破壊尽くされはしないよ」
「役人どもめ。さっさと、本国に戻ればいいんだ」
「君も、かつては戻りたがっていたのに。自覚が生まれたようだね、本国に戻っても、どうせ閑職だと」
「うるさい。プレイガスト、黙れ。また殴るぞ」
「かまわんよ。君が思っている以上に、私は丈夫なんだよ」
―――牢の奥にいる男は、どう考えても痩せ細っていて弱そうだった。
殴られたせいで血まみれで、鼻血まで垂れたままだったのに。
亡霊のような不気味さで、彼はしつこく立っている。
レビン大尉からすれば、プレイガストはこの世の者よりあの世のそれに近い……。
「恐怖を、覚えつつあるね」
「……テメーごときにじゃない。査察官さまだよ。オレを、あいつは……ハメようとしているんだ」
「マイク・クーガー少佐が、点数稼ぎに君を検挙しようとしているのかもね。彼は、潔癖なタイプの軍人だから、君みたいな寄生虫は、大嫌いだろう」
「マイク・クーガーは、とっくに死んだ!!」
「死んだとしても、彼の部下はまだまだ生きているよ。帝国は、彼の部下を信じる。君より軍隊に関わった期間がずっと短くてもね。だって、エリートだからだよ。君は、叩き上げだが、しょせんは特例的な出世をしただけに過ぎん。他にいないから、君はその地位に就けたんだ」
「殺すぞ、クソ呪術師」
「やれないだろう。君は、野に下る勇気もない。大金を抱えて、帝国軍のおよばない土地にでも逃げ込み、一般市民のフリをすればいいだろうに。商売をすればいいんだ。金があれば、いい屋敷にも住めるし、才覚が足りないなら、雇えばいいんだよ。君が、有能じゃなくてもいい。商売ってものは、そういうものじゃないかね」
「うるせえ。とにかく、査察官だ!あいつを、殺せ!!」
「いいとも。やってやろうじゃないか。その代わり、出してもらうよ」
「やってくれるなら、問題ねえよ。お前は、死んだことにする。適当な死体を、お前の代わりとして埋めるんだ」
「ああ、そうしてくれたまえ。しっかりと、顔を砕くんだよ。人相を調べられても、ばれないように。私はね、そろそろ自由が欲しんだ。分かるだろ?君が、今、感じている圧迫感。それから解放されて、自由になりたいから、私なんかに依頼してしまうんだ」
「……オレを、助けやがれ。そしたら、助けてやる。自由を、あたえてやるんだ」
「皇帝ユアンダートへの、大きな裏切りだとしても。やれるのだね。やはり、君の皇帝への愛は、薄まっているんだよ。レビン大尉、父親離れの時期が、来たようだね。拍手をさせてくれたまえ。お祝いすべきことだ。今夜は、君の、第二の誕生日だよ」




