第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百十六
―――ボクたちは考えておくべきだった、帝国軍は西へと進み続けていたけれど。
それに追いやられた文化は、どこに逃げて行ったのだろうか。
もちろん、西に西に。
帝国が呪術を禁じるようになったとき、呪術師たちは圧力を受けて……。
―――殺されたくないから、こっそりと移動をしていたのかも。
ユアンダートは自分を暗殺しうる呪術を恐れていたし、呪術は治安維持の敵でもあった。
誰かを呪って殺せるのは、おぞましい力ではあるけれど。
ヒトはその種の力に、いくらでも価値を見つけられたのだから……。
―――皇帝ユアンダートは、よく理解している。
『自分を誰よりも愛してくれている者たち』が、いったい誰だったのかを。
自分を暗殺しようとした妻でもなければ、憎しみと劣等感いっぱいのレヴェータでもない。
ユアンダートと皇帝が創り上げた帝国を、誰よりも愛しているのは帝国軍だよ……。
―――ユアンダートは理解している、王者が気を配るべき存在はふたつあるのだと。
ひとつは民衆であり、もうひとつは軍隊だった。
帝国軍の兵士たちは非常に満たされていたけれど、辺境に向かうほど環境は悪化する。
『プレイレス』が解放されたことで、『西』への補給は断たれた状態だ……。
―――そもそも彼らはエリートではなくて、帝国軍の組織的な恩恵は受けにくい。
募っていく不満は、皇帝ユアンダートと帝国への愛を損なわせていった。
愛が欠ければ、憎しみの芽が生えていく。
憎しみの芽と最も相性のいい殺人方法のひとつに、呪術という手段があった……。
―――自分の愛する妻に暗殺を仕掛けられて、彼女のことを反撃で殺したその夜から。
ユアンダートは呪術が刻まれた鋼が、大嫌いなんだよ。
ちょっとの傷でも、死に至りかねないものだ。
色褪せてしまった愛は、猛毒による復讐を望んでくる……。
―――レヴェータも祭祀呪術にはまり、父親への反逆を企てていたのだから。
大陸を支配してみせた皇帝の先見の明は、確かなものだったのかもね。
妻を本当に愛していたからこそ、殺されかけたことも殺してしまったことも。
ユアンダートを苦しめ、縛りつけているのさ……。
―――遠ざけた呪術師たちは、『西』へと行きついている。
そんな彼らに、皇帝からの寵愛を感じられなくなりつつある帝国兵どもが近くにいた。
親に憎まれているという自覚がある不良少年たちは、同じ傷の価値を確かめ合うように。
不思議とお互いに、惹かれ合ってしまうものだ……。
―――迫害された呪術師と、ただ過酷な道を行かされただけの帝国兵。
両者にはそれなりに大きな違いがあるはずなのに、ふて腐れた心は視野狭窄を起こす。
帝国軍に持っていたはずの忠誠心は欠けていき、今では自分の懐を肥やしたがるだけ。
『ルファード』と『オルテガ』が陥落したのに、彼らはまだ動かなかったのさ……。
「よう、生きていやがるか、プレイガスト」
「……拷問しておいて、その言いぐさは何だね、レビン大尉」
「ハハハハ!あの程度の拷問、呪術師のお前なら慣れっこだろう」
「やるのと、やられるのではね、ずい分と大きな差があるものさ」
「クソみたえな言い分だな。これだから、呪術師という連中は大嫌いだよ」
「大嫌いなら、とっとと解放してくれないかね」
「バカ言えよ。お前みたいな『災厄』を解き放てば、何をしでかすか分かったもんじゃねえだろ。その牢を出たら、まず最初にテメーがしやがることが何か?」
「……久しぶりに、女でも抱きたいところだよ」
「いいや。お前はな、そんなことをしない」
「男色趣味だとでも?……私はね、極めて普通の恋愛観の持ち主だ」
「女を呪術で痛めつけた。皇帝陛下は、最もその種の呪術をお嫌いなのだ。だからこそ、捕まった。いや、貴様のようなクズは、どんな国家においても罰をあたえられるだろう」
「私を何だと思っているのかな。呪術というのは、ただの知識であり、ただの学問だ。試してみただけのこと。君たちは、女性に対してそんなに紳士的だったとでも?」
「帝国軍への侮辱は、ゆるさねえぞ」
「そうかい。なら、また殴るといいよ。その魔銀でコーティングされた鉄格子の向こう側から。勢いをつけた槍の柄で、ガンガン殴ってみるがいい」
「それをやった兵士を、貴様は殺した」
「いいや。違うよ。そんなことをしちゃいない。この魔銀の牢屋の奥では、私の呪術は効かないはずだろう?君らが、作ったんだから」
「では、あの兵士は何だと言うのだ」
「ただの偶然だよ。風土病ではないかね?遠くに侵略し過ぎた君らは、免疫を持たない土地にまで足を踏み入れて久しいだろう。この西の果てには、多くの病魔がいるんだ。若くて健康な兵士であっても、殺してしまう恐ろしい病魔ぐらいいるだろう」
「いいや。偶然じゃない。貴様が、どうせやったんだ」
「根拠は、どこに?」
「貴様のにごった目だよ。それが、何よりの証拠だ」
「人相学の達人なのかな、レビン大尉」
「多くの呪術師を見てきたからな。磨かれているんだよ。貴様らの、妬みがましい目についてはな。どいつもこいつも、卑劣な殺人鬼だ」
「だとすれば、どうしてこんな夜に会いに来なさったのか」
「わかっているだろう、どうせ」
「まあ。想像はつく」
「呪術師に用なんて、ひとつだけ」
「いいでしょう。呪いますよ。ただし、報酬はいただきたいものです」
「上手く行けば、殺さずに出してやるよ」




