第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百十
―――ソルジェでは、まだ大銀行を納得させられる事業計画書なんて作れないかも。
そもそもだが、事業計画書なんて単語さえ知らない可能性すらあるのだから。
傭兵生活というものは、なかなか一般人とかけ離れている暮らしでもある。
社会的な常識よりも、戦争を遂行するための能力最優先でガルフも育てたしね……。
―――ソルジェには戦闘の指揮官と、最強の戦士であればいいと考えていたのさ。
ガルフに「どうしてこんなアホを育てたんだ?」と、問い詰めたら。
「他の賢い猟兵に頼ればいいだろう、適材適所だ」と平気な顔で言い放つと思う。
実際のところ、ロロカに丸投げした方がソルジェが関わるより儲けるかもね……。
―――だが、それはソルジェがアホのままだったらというハナシだよ。
ソルジェの経済的な能力が、山猿レベルを卒業すれば事情が違う。
それにロロカばかりの負担を増やすなんて、あまりにも良くないことだよ。
ロロカは商いよりも学問に対して、その高度な知性を使わせたいんだから……。
―――アホを育てるのは、かなり困難なことである。
ガルフはソルジェを戦闘の達人として育て、戦争上手にはしてくれたけれど。
商業的な知恵をあたえるのは、どこかあきらめていたフシがある。
ボクやガンダラやロロカが、定期的に歴史へ名を遺す名著を読ませているが……。
―――まあ、ガルフの判断は残酷なまでに正しくもある。
ソルジェがこれから一生努力しても、メダルド・ジーの商才を得るのは不可能だ。
それならば「本人に無理な期待をするなよ、人材を頼ればいいんだから」。
ガルフの酔っぱらった声は、いつだって真実を撃ち抜いていたものさ……。
―――「生兵法はケガのもと、つまらん戦をさらすぐらいなら」。
「そもそも、専門家を頼った方がいいんだ」。
「とくに戦場以外で使う賢さというのは、得難いんだからな」。
「真に戦士として生まれた者は、生き残ってビジネスするなんて夢を見ない」……。
―――「だったら、お前やガンダラやロロカに任せればいいだろう」。
「オットーだっていい、あいつは常識的なヤツだから大丈夫だ」。
「間違っても、ギンドウにだけは金を渡すんじゃねえぞ」。
「飛行機械の研究とやらに、ぜんぶ使われちまうかもしれない」……。
―――誰よりも猟兵たちとつるんだ男のひとりは、なかなかに人物把握が上手かった。
ガルフがソルジェを、あまり賢く育てなかったからこそ。
メダルドみたいな『専門的な職業人/プロフェッショナル』に、役目を与えられる。
そういう前向きな考えも、やれるってわけさ……。
「さすがは、大商人ですな。団長も喜ばれる」
「……まあ、な。戦争では貢献できない部分も多い。オレは、戦士じゃないしな。しかも、政治的には足を引っ張る存在だろう。どう転んでも、亜人種たちからは好かれねえ。ならば、せめて、得意なビジネス面をがんばろうかなと。そちらが、提案を受け入れてくれたらだがね」
「分かっているでしょうに。答えはイエスですよ。ソルジェ・ストラウスが、貴方からのビジネス的なアドバイス拒む日は、永遠に来ない。自分よりもその分野で有能な者の言葉を、邪魔しないだけの聡明さが、団長にはあるんですよ。どうにかね」
「……まあ、そうだろう。最高の素質だよ。有能な者に頼れる。出しゃばり経営者も多いが、やはり『いい群れ』というものは、『王さま』の判断力がモノを言う。部下の邪魔をせず、専門家の言葉に耳を貸し、ベテランの経験を信じてやれる。それらは、最高の素質だよ」
「あまり、団長をほめすぎないでやってください。まだまだ、成長させたいんです」
「……ああ。そうだな。それは、そうだ。賢王を目指してもらうべきだよな、大臣閣下とすれば」
「はい。満足すれば、成長は鈍りやすものですからな」
「……育成には、口出しはしない。オレは、ビジネスでかなり勝率のいい提案をやれる。『モロー』の銀行家たちは、焦っているころだ。新たなビジネスに投資して、奴隷貿易の崩壊での損失を穴埋めしたがっている。オレの提案に、運転資金を貸す気にもなるさ。商業優勢の都市国家の銀行らしく、もったいぶった態度を一度は取るかもしれないがね。気も合うだろう。奴隷産業仲間ではある。廃業した者同士、腹の奥まで見通せるんだ」
―――蛇の道は、やはり蛇である。
大銀行に戦いを挑むのは、ソルジェ・ストラウスよりもメダルド・ジーの方がいい。
それは間違いがないことだし、誰もが納得する事実だろうよ。
ボクやガンダラの個人的な意見ではない、客観的な正しさがそこにある……。
―――すばらしい人材との出会いを、我々は喜んで利用するべきだった。
『自由同盟』は、あいかわらずの人手不足だからね。
有能な人材は山ほどいても、まだまだ足らないんだから。
我々はね、この大陸を丸ごと一つ奪い取る戦をしているんだからね……。




