第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百七
―――見た目こそ、『カール・メアー』の乙女戦士ではあるものの。
中身は完全なるメダルド・ジー、むしろ若返った体のおかげで。
これまで以上にアタマが冴え渡っているというのだから、怪我の功名なのかも。
地獄を体験した男は一回り成長するものだが、彼は短期間で二度もそれを乗り越えた……。
「……猛毒で殺されるかけて、今度は、たぶん死んだ。死んだはずなのに、こうしてピンピン事務作業がやれているときた。おかしなものだ」
「おかしくても、笑えはしませんよ」
「……そうかい?ストラウス卿は、爆笑しそうだ」
「私は団長よりも、すっと繊細なんですよ。分かってもらえるかと」
「……あの赤毛殿に比べれば、およそ世の中の全員がそうだろう」
「繊細とは、言い難い。どこか変ですよ。これだけ世の中が、人種のせいで争っているのに、どこか無頓着なところがある。当事者なのに」
「……オレからすれば、ありがたいよ。ビビの叔父としては……いや、今は、何だかよく分からない立場だが、精神上では叔父のつもりだ」
「叔父ですよ。というか、父親に見える」
「……嬉しいね。それを、どこか目指してきたんだからな」
「女性の体になっても、本質は変わらない」
「……そうかね。実際のところ、かなりの困惑に襲われる。いきなり性別が変わるなんて、あまりないはずだ」
「ええ。前代未聞ですな。いっしゅの……ああ、相応しくない話題になりそうだ」
「……あれのことか、去勢ってヤツか」
「奴隷戦士のなかには、その種の罰を受けた者もいました」
「……ムチャなことをしやがるもんだ。悪人が、いるものだ。奴隷商だったオレには言えないか」
「いいえ。知っていますかね。たとえ悪人であったとしても、悪を罵る権利はあるんです」
「……切れ味のいい言葉に、感動する」
「去勢された巨人族の男たちは、遠からず戦場で死んだ。あるいは、売り渡された。多くの場合は、農場に」
「……反乱でも、したのか」
「その通り。戦いの最中に、裏切った。この言葉は、あまり正しいとは思いません。自分に素直になった、と言った方が正しいと思っていますよ」
「……戦闘中なら、『魔銀の首枷』を発動させにくい」
「賢いですね。まさに、その通り。彼らはそれを狙い、逃げた。その中には、逃げ延びた者もいる。ですが、多くの者は捕まり、辱めと痛苦の罰を受けたものです」
「……去勢の憂き目に遭った。そんな真似を、しやがるとは……」
「私も、逃亡奴隷です。逃げようとしたとき、失敗を想像しなかったわけじゃない。だから、少しだけ、貴方の気持ちが分かるかもしれない。ある日いきなり、自分の性的なアイデンティティがねじ曲げられたら、どんな気持ちになるものか」
「……そいつは、想像するに、とてつもない恐怖だろう」
「ええ。当然です。思い出すだけで、鳥肌が立つし、寒気が走る。かつての私は、本当に勇敢でしたな。まあ、失敗したら、死ぬまで戦ってやろうとは決めていたのですが」
「……ソルジェ・ストラウスに拾われた。そういうことか」
「運命でしょうな。馬が合う者と、この混沌とした大陸の片すみで、出会えた。団長と、それより前の団長ガルフ・コルテスと出会えたのは、私が反骨精神を極めたから。その運命を、引き当てられた。彼らは、そういった亜人種の戦士を探していたのです」
「……運命ならば、偶然ではない。二度目も、三度目も。ガンダラ殿は、ソルジェ・ストラウスと出会うのだろう」
「美しい女性との出会いの方が、うれしいんですがね。それでも、悪くない。絶世の美女との運命よりも、はるかに」
「……いい上司に恵まれたもんだ。ガンダラ殿は、おそらく、この大陸でいちばんの大臣になるだろう」
「ええ。そうなりたいですし、なる予定ですよ」
「……いい自信だ。まあ、これだけの仕事量をこなせるのであれば、十分だ」
「貴方も、何かしらの政治的な手腕を発揮すべき立場になる」
「……無理だな。『人買い』は、恨まれている。結束に、水を差したくはない」
「でしょうかな。私は、かつてより、変わったと思います。かつての私は、本など読む機会が乏しくて、戦争用の奴隷でしかなかった。指揮官どもの目を盗むようにして、本を読む。古老たちから、可能な限りを放し聞かせてもらう。古老は、必死だった。私も、必死に聞いた。彼らは、遠からず殺されたから。歴史を、私に、教えておきたかのでしょう」
「……壮絶だな。古老たちは、ガンダラ殿に希望を抱いた」
「いいえ。期待されていたのは、兄のガンジス。巨人族の英雄になって、自由のために戦ってくれたなら、古老たちも無為に殺されなかったかもしれません。兄には、その実力はあった。世界を、変えるほどの暴力。古老たちは、私がガンジスの弟と聞いて、好ましい感情を抱いたのです。これは、ただの客観的な、真実」
「……こじらせていそうだ。兄への、コンプレックスを」
「承知の上ですよ。『世界最強の戦士』の弟として生きたら、誰だってそうなる。個人差の程度は、あるかもしれませんが」




