第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百五
―――ガンジスへの分析を、ガンダラは普段したくはなかった。
『最強の男の自虐』、あるいは自分たち『巨人族という種族への究極のあきらめ』。
そういう大きすぎるテーマが、アタマのなかをよぎってしまうからだった。
ガンジスの心理を分析するのは、本人と主治医以外には絶対に無理だろうけれど……。
―――ガンダラは、それでも弟という血縁者だからね。
想像してみる権利ぐらいは、彼にだけならあるはずだった。
紅茶を飲みたくなる、常温には冷えたものがポットのなかにはある。
それを頼りながら、赤い苦味を舌でもてあそんでみるんだ……。
―――巨人族は、それほど失望すべき状況にあるのだろうか。
『最強の男』が種族を守るために立ち上がることもなく、滅びを傍観したくなるほど。
ガンジスがどんな世界を見据えて、帝国軍の『秩序』を支える存在になったのか。
最強の第一師団において、その頂上に絶対的な君臨をし続けている男……。
―――彼が動いても、政治的な運動が起きたりはしないかもしれない。
でも、少なからずの数の軍人と戦士に影響をあたえてくれるのだ。
今この状況下で必要なのは、戦士の頭数だというのに。
ガンジスの主張があれば、彼の『最強の男』という名誉が機能した……。
―――あの10000人の猛者が、『自由同盟』に参加してくれたらどうなるのか?
おそらくかなり破壊的な戦闘を繰り広げつつも、帝国にとどめを刺せる。
それは現実的な数字でないというのなら、1000人の猛者でもいい。
猟兵ほどではなく達人でもないが、猛者と呼ばれるレベルにいる者たち……。
―――それがあと1000人だけいるだけでも、きっと帝国を崩せただろう。
猛者たちを探すのはかなり難しいけれど、猛者たちに響くのは戦士の声だ。
戦士の声は政治家よりも幅広い声をしてはいないけれど、戦士には突き刺さる。
牙のように深々と、抜けることのない曲がり具合でね……。
「……私は、期待していたんだ。夢想していた。妄想かもしれないですな。最強の戦士である貴方が、奴隷戦士たちを解放する姿をです。それは、とても。間違いなく、奮い立つ光景でしょう。奴隷で、亜人種だ。生まれた理由からして、家畜のような作られ方です。とても、地位のない。本来は価値のないはずだった者が……とてつもない影響力を発揮する。地獄の戦士たちを集めたような、猛者の群れを、貴方は一声で作れたかもしれないのに。その期待が、重すぎましたかな、我が偉大なる兄。あるいは、臆病なる兄よ」
―――ガンダラだって、巨人族の男だからね。
どれほろ『自由同盟』の理念だとか、『パンジャール猟兵団』の自由な思想に染まっても。
巨人族という種族の檻からは、もちろん抜け出せはしないんだ。
コンプレックスは多い、家畜のように作られた奴隷戦士のひとりにすぎない……。
―――奴隷をヒトあつかいするなんて、ありえないことだよね。
実際のところ、ほとんどの場合でありえないよ。
ヒトを道具や手段としか見ないのは、マトモな人間関係の世界は狂気の沙汰だろう。
でもね、奴隷っていうのはそれが『当然』の世界になるんだよ……。
―――どの種族にも、時代よりも大きな因果みたいなものが絡みついているものだ。
戦争用の奴隷として、あるいはその体躯を単純な労働力として。
道具にされながら生きていた歴史を持つのは、巨人族が最も大きい。
最強の種族かもしれないのに、彼らはみんなやさし過ぎたようだった……。
―――ガンダラは、自分たちに『氏族名』がないことを不満に思った日もある。
巨人族には苗字がないんだよ、彼らはみんな『平等』であるべきだと信じたから。
歴史のずい分早い時代において、巨人族は血縁一族の独占的な支配力を禁じた。
ひとつの一族がすべてを支配するわけじゃなくて、全員で分け与えるべきだと……。
―――『氏族』が誕生しなかったのも、苗字がないのもその思想に由来するらしい。
素晴らしい価値観であると、インテリたちの半分はほめてくれるかもしれない。
でも、ガンダラは巨人族に強大な『氏族』がいてくれたらと願っている。
ガンジスという最強の男でも、背負い切れない巨人族の概念があるとすれば……。
―――もしも、背負えきれる存在が『何』なのかと問えば答えは少ないよ。
ソルジェたち、『ストラウス家』みたいな強力なアイデンティティ。
ストラウス家の人々は、生き残っている三人とミアを含めれば四人か。
まあ、誰もが強烈な戦士としか言えない戦闘的な哲学の化身たちだからね……。
―――氏族や家名というものは、とても頼りになるんだ。
それがあれば、もしかすると巨人族は今ほど離散していないかもしれない。
巨人族が作った国の多くが、歴史の流れに淘汰されていた。
イルカルラの場合は例外的なものだけれど、あくまで例外的だからね……。
―――ほとんどの国が、強くて賢くて巨大なはずの巨人族たちが主力だったのに。
不思議なことに跡形もなく滅びてしまった、理由は何だろうか?
ガンダラは冷徹な分析家だからね、答えを見つけてしまっている。
『仲が悪かったからだろう』、歴史家が苦虫をかみつぶした顔になりそうだね……。
―――もっと、知的な人々の好奇心を引きつけるような言葉を欲しがるかも。
歴史家って、あまり精密ではないからね。
想像の余地や主観を含みがちな学問は、科学とは言い難いものだ。
歴史家の研究の少なくない部分が、そもそも科学じゃないのさ……。
―――あまりにも不確かだけれど、ガンダラの言葉をボクは信じられる。
歴史を語るとき、あらゆる者の物語が何だかいびつに曲がるけれど。
『仲が悪いから巨人族の王朝がいつも滅びた』、というのは信じやすいんだ。
結束は力だからね、力があれば滅びは遠ざけやすいはずだったのに……。
「兄弟ですら、これほど互いを理解できないんですからな。それならば、家名なり氏族名なり、もっと、自分たちを引きつけ合うような力を、作っていて欲しかったものです。たとえば、そう。『巨人族版のストラウス家』…………フフフ。なんと、恐ろしいコンセプトでしょうか」
―――ガンダラには、珍しい笑いだった。
きっと、間違いなく疲れているからだろう。
疲れているからこそ、自分のそばにいてくれない兄のことを想いもするのさ。
頼るべき何かは、さみしいときは不安なときは多い方が良いからね……。
「どうして、我々は、もう少し弱さを認められなかったのか。他と違うと、強がっているようで、痛々しいものです。巨人族よ、我々は、もう少し、愚かな生き物である自覚を、歴史の早いうちに持つべきだったでしょう。だったら、あの兄も、少しは自覚を持てた。世界を変えられたかもしれない、男だったのに」




