第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百四
―――少年は、きっと家に帰るだろう。
キケを訪ねて、ゾロ島を訪ねる日はないかもしれない。
彼は人間族だし、若いんだからね。
誰かが助けようとしてくれる、若さって貴重なんだよ……。
―――彼が助かったのだって、若さゆえのことだ。
それ以外に、一切何の理由もないんだからね。
見捨てない方がしてしまうものさ、若さっていうのは。
彼はその若さのまま、この戦いに参加してしまったことだけは幸運だっただろう……。
―――船の下では、たくさんの戦死者が浮かんだり転がったりしている。
その一員にならずに済んで、良かっただろう。
数年か十数年は悩むかもしれないが、別に大したことではない。
生きていられるのなら、それだけで十分なのだと我々は思ってしまうから……。
―――戦士なんて生き方は、残酷なんだよ。
少なくとも、容赦なく生きているのは事実だよね。
殺し合いが常だと、ボクたちの情緒は何かしらの方面に向けて先鋭化したんだ。
一般的ではないけれど、今は大陸の全土がボクらに似てきているはずだった……。
―――レイチェルは、さっそく勝利の報告を出すことを選ぶ。
魔法の指環をこすって、『フクロウ』を呼んだよ。
彼らの足環に暗号文を入れたあと、オルテガに向かって放した。
すぐに到着するよ、極めて近い距離だったからね……。
―――ガンダラは『オルテガ』で、ソルジェの帰還を守るという立場だったから。
市の議会場の片すみで、その『フクロウ』を受け取った。
小規模な戦闘があり、死傷者ゼロで敵を大勢仕留めて捕虜まで取ったと。
思慮深いあまりの無表情が顔にはりついてしまった巨人族は、静かに頷くだけ……。
「当然でしょうな。レイチェル・ミルラが、海で敵と出会ったのですから」
―――大して驚くべき戦果じゃない、ちょっとした伝説になれるはずの勝利でも。
ガンダラは数学の処理に忙しくなかったら、もうちょっと反応もあっただろう。
いや、すまない嘘をついた気がするね。
ガンダラはこの程度の勝利では、感動したりしないさ……。
―――誰よりも戦闘への経験値が多い、戦場生まれの戦場育ち。
今は数学に夢中だったよ、レイチェルの報告にあった数字も組み込んでいく。
多くの捕虜を獲得した、こいつらを使ってどれだけ『取り戻せる』のかは大切だ。
『自由同盟』の戦士たちだって、少なくない数が帝国軍の捕虜となっている……。
―――人間族第一主義があるおかげで、捕虜の亜人種たちは生皮を剥がれてるかも。
それぐらいの残酷さは、人間族第一主義という『正義』はやってのけるよ。
首吊りの木が、いくら生えていると思っているのさ。
亜人種の子供たちだって、干からびて首が腐ってちぎれるまで吊るされたままだ……。
―――残酷なルールが、生々しく息をしている。
レイチェルの勝利だけでは、世界を変えるほどの威力はなかった。
我々が成し遂げる目標のひとつは、ユアンダートの殺害だね。
人間族だけが富めるべきだと主張し、熱狂的な人間族の支持者を集めた男……。
―――それが生きている限りは、亜人種への残酷さは終わりがない。
殺すべきだが、すぐにそれは叶わないんだ。
ガンダラは数学をしている、人の命で人の命を買うための数式を。
なかなかにストレスのたまる行いだった、頼ったのは酒ではなく今夜は紅茶だ……。
―――冷たい紅茶だよ、真夏の夜には相応しいんじゃないかな。
ショーレからの差し入れで、もらっていたものだ。
ガンダラは高級品が好きだからね、本人曰くコンプレックスの裏返しだそうだよ。
戦場用の戦闘奴隷として、生まれさえもデザインされていた……。
―――競走馬を作るときのように、能力的な血筋で選ばれたんだ。
彼らの父親と母親を『選ぶ』のはね、別にガンダラたちの両親に愛があったわけじゃない。
おぞましい行為だと、腹を立てるべきだった。
馬みたいな家畜にしているあつかいを、ヒトにするんだからね……。
―――より強い奴隷を作るために、『掛け合わせた』んだよ。
最強クラスの男女から、ガンダラと兄弟たちは生まれてきた。
そんな目に遭ったなら、もっと自分の兄弟たちは世の中を憂うべきだと彼は思っている。
不穏な情報があったんだ、帝国軍第一師団の動きだった……。
―――帝都からやや北東に向かって、部隊を移動させているようだ。
何かを気取ったのかもしれない、ガンダラからは遠ざかったけれど。
注意すべき相手で、帝国軍のなかでは最強の師団であるし。
『全人類最強の男』が、そこにはいたんだ……。
―――『秩序の巨人』、ガンジス。
ガンダラの実の兄であり、多くの達人たちが一致する答えを持つ存在。
『全人類最強の男』がいるとすれば、おそらく彼なのだと。
ガンダラは、もちろんいまだに期待しているんだ……。
―――万に一つもないと考えながらも、万に一つの可能性を捨てきれないでいる。
ガンジスが自分の側に、『自由同盟』という亜人種のための組織に近づいて欲しい。
敵でなく仲間になりたいと、ガンダラは思っている。
戦力としてありがたいからでもあるし、『家族』だからだった……。
―――若いガンダラに、かつてガンジスはやさしかったようだ。
多くの敵を殺して戻ったガンジスは、ガンダラに褒美の食事の一部を分けた。
そんな男の、自分のそばへの帰還を弟として願っている。
とても自然な行為だろう、離れ離れになりたいほど嫌う要素はない……。
「……嫌う要素が、あるとすれば。貴方は、どうして、秩序派なのですかな。最強の戦士でありながら、どうして……我々のために戦うべき、力の持ち主でしょう。人間族に種族全体で従う必要など、ありはしないはずだ。尊敬と、忠誠と、帰属は……自分の意志で選んでこそ価値がある。どうして、帝国人の将軍のそばを好むのでしょう。私は、貴方の褒美を、そんなに多く横取りするように食べたのでしょうか」




