第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六百
―――サメに食い荒らされていく帝国兵どもと、恐怖に負けて自害する帝国兵どもがいる。
海があたえてくれる溺死ではなくて、自分の体に鋼を突き立てた。
レイチェルも戦士たちも、生き残らせてくれないと信じ込んでいたからだ。
これは戦争、敗者となれば苛烈なまでの罰を浴びせられる……。
―――ソルジェは祖国を蹂躙されて、破壊し尽くされた。
かつてのガルーナ王国の民は、ほぼ全員が虐殺されているからね。
片っぱしから殺されて、なぶりものにされたあとで殺されて。
家も文化も焼き払われて踏みにじられる、それが戦争で負けるということだよ……。
―――レイチェルの復讐劇は、世界が抱えきれないほどの悲劇のたったひとつ。
それでも彼女は、とてもやさしいんだ。
間違ってはいけない、くだんの物語と言葉だけが使われたんだ。
こちらの戦士たちは誰一人、死傷しちゃいないじゃないか……。
―――仲間想いであり、敵に対してどこまでも厳しいだけだ。
そういう者だけが、けっきょくのところ仲間を死傷のリスクから遠ざけられる。
レイチェルがその母性あふれる腕で抱きしめるべきは、仲間であって敵じゃないんだ。
罰の力に帝国兵どもは壊された、目の前で死んでいく同僚を見ながら絶望を知った……。
―――地獄のような光景のなかで、少年兵は泣き叫んで謝罪をしていたよ。
レイチェルはそんな謝罪に興味はない、海の上で感じられるのは記憶だけだから。
最愛の者と出会った入り江を、いつも彼女は思い出す。
誰もが見たい思い出だけに、心を馳せるものだからね……。
「愛しいあなた、愛しいあなた。昔々、思い出になる場所で。私たちは出会ったの。星々のかがやきの下、波に笑われるようにして泣くあなた。まるで、まるで。死んでしまいそうなほどに悲しそう。海に救いを求めて、やってきた。風の歌を聴くの、それはあなたの心のなかから吹いてくる、あなたにだけ聞こえる、切望の歌。あなたは、くやしかっただけ。あきらめてはいなかったの。無限の困難に立ち向かう、勇気が欲しくて。未来を夢見てた」
―――人魚の歌声は、サメの支配する海面の地獄にも届いていたよ。
彼女たちに与えられた、偉大なる才能のおかげでね。
海中にいる男は、それを聴きながら。
海面を暴れる影を見た、サメたちの影が帝国兵どもを切り裂きながら海中で踊る……。
―――競い合うように、サメたちは敗北者どもを罰していくんだ。
ああ、海に飛び込めなかった臆病者どもも追加として落とされる。
戦士たちが敵船に乗り込み、殺し始めたんだよ。
サメのエサにして、あのサーカス団の可能性を奪い取った連中に罰を強いる……。
「お前たちの、せいだ!!」
「アーティストたちの無念を、知るがいい!!」
「お前らが、すべて悪いんだ!!」
「くたばれ!!オレは、弟を帝国軍に殺されているんだ!!忘れちゃいねえぞ!!」
―――これは、きっと正当な復讐でもある。
海のなかに突き落とされた帝国兵どもは、生きながらサメに食われていった。
次から次に、すべての連中をそうしてもいいだろう。
ボクは別に止めやしないよ、帝国兵どもの多くは反省しない差別主義者だ……。
―――世界を焼き払うような正義が、必要なときもある。
敵をひとりでも残していては、勝利とは呼べない。
差別主義は不死身のしつこさで歴史にこびりつき、無限の復活を遂げるから。
殺し尽くしていけば、それだけマシになるのも真実だ……。
―――歌いながら、レイチェルは冷静だったよ。
パフォーマンスをしているとき、本物のアーティストは周囲のすべてを把握する。
悲鳴を上げていくすべての敵を、泣き叫んで反省する少年兵を。
海に君臨する無数の牙に食われていく者たちを、ちゃんと数えていられた……。
「十分です。残りは、捕虜に。逆らえば、落としなさい」
―――女王陛下に逆らえるほどの愚かな男は、この世にあまりいないんだ。
レイチェルは王冠さえいただいていないけれど、この場ではまさに女王。
赤い復讐の支配者である彼女は、すべての戦士たちに命じていた。
捕虜にしろと、冷徹なまでに計算していたからだよ……。
「全員、殺すんじゃなかったのかい?」
「作戦ですから。歌は、真実ですよ。でも、私は、すでに『パンジャール猟兵団』の猟兵なんです。職業倫理を、順守するの。これだけ減らせば、安全に、管理してやれる。尋問もするといい。何でも、彼らは話してくれるでしょう。話さないと、どうなるのかは理解しているでしょうからね」
「……サーカス・アーティストの、偉大なる芸術に、心からの尊敬を」
「ありがとう。海の男にほめられると、いつだって嬉しいものね。きっと、あのひとは少しだけ、嫉妬してくれるから」
―――少年は、女性の恐ろしさをよく知ってしまう。
芸術というものが見せつけてくれる、数多の恐ろしい真実のひとつだね。
レイチェルは敵の心をことごとく破壊して、死傷者を適切な数にしたんだ。
あまりにも猟兵として正しく、彼女は職業倫理を全うしたのさ……。
「それでは、少し。試みるべき行いがありますので」
「……ああ。やってみるがいいさ。この海では、あんたがいつだって女王陛下だ」
「そうなんですよ。分かっていただけて、嬉しいです」
「早く行くがいい。手遅れになっちまうぞ」




