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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百九十九


―――レイチェルは約束を守るだろう、かつて帝国兵どもは守らなかったけれど。

その事実は帝国軍への幻想を抱きながら死にたかった男を、大きく悲しませた。

それでも、覚悟の情熱は彼に行動を続けさせてくれる。

腕を切り、両の太ももをナイフで突き刺していった……。




―――もはや逃げることはない、どこかヤケクソだった。

ぶつける場所を見つけられない敗北感を、そのナイフに込めているかのようだ。

十分に傷ついてしまった太ももから、ボタボタと血がこぼれていく。

傷口が泣いているようであり、それは彼自身にもそう見えた……。




「ちくしょうめ……何で、こんな気持ちにさせるのだ!!意地悪な、人魚め!!人魚の夫め!!そ、そんなに……オレたち、帝国軍が、うらめしいか…………それは、当然、だな。ちくしょう……ちくしょう……っ。もう少し、気持ち良く、死ねると思ったが。それでも、人魚!!今から、死ぬぞ!!海に落ちて、おぼれ死ぬ!!サメの、エサになるかもしれないな!!約束は、ちゃんと、守れよ!!」




「もちろん。その少年兵だけは、助けてあげましょう。他は、殺してしまいますがね。私は、許せないようだわ。まだ、まだ。天幕の下には、戻れない。だって、帝国軍は、山ほど残っているのだから」




「あ、ああ……っ」




―――少年兵の見ている前で、血まみれになった男は海へと落ちる。

それほど大きな音が上がることはなくて、大きな海の前にすれば命がどれだけ小さいか。

その事実が少年兵の耳を通じて、よく分かっていたらしい。

少年兵はおびえながらも船から身を乗り出して、自分のために死を選んだ者を見た……。




―――見ようとしたが、夜の海というものはあまりにも暗いものだから。

星明りだけでは、足りるものじゃない。

暗く濁った青と緑に閉ざされて、呑みこまれていった男は見つからないのだ。

何とも暗く濁っているから、少年兵は気づいていた……。




「ち、血の海に、なっているんだ……っ」




―――ずいぶんとドボドボと飛び込んだものだから、その行いはサメを呼び寄せた。

昼間に争いがあったせいだろう、このときサメたちは十分に飢えていたんだ。

昼間は静かに身を隠しているしかできず、そのせいで飢えていたらしい。

サメの牙は溺れ死んだ者だとか、溺れ死にかけている者たちを喰らっていく……。




―――そのおかげで、彼らの体からは大量の血があふれていたんだ。

海は青く濁っているわけでもなければ、緑色ににじんでいるわけでもない。

本当は、真っ赤な血の海が出来上がっていたのさ。

血肉に喜ぶ大きなサメが、その巨体を見せつけるように波間に踊る……。




―――何かを咥えていたように見えたらしい、でも実際のところはどうだろう。

不確かな目撃に過ぎないよ、この少年兵にそんな能力はないのだから。

冷静に戦場を見つめられているわけじゃない、すっかりと恐怖の囚われでもある。

恐ろし過ぎて、幻を見てしまったのかもしれないだけ……。




―――サメが自分たちばかりをエサにすると、おびえた心が妄想していたんだ。

まあ、今宵のサメは飢えているのは確かだった。

少年兵は、その場にへたり込んだ。

お尻の下にある板は薄く、その薄さの向こう側にはサメの群れがいる……。




―――海中のなかで、男はサメの気配に気づけなかった。

痛みと悔しさで、暴れる気にもなれない。

呼吸はできなくて、まるで生きたまま埋められた気持ちになれる。

肺一杯に海水を吸い込めば、すぐに死ねるかもしれないと考えたが……。




―――まったく、やる気にもなれなかったんだよ。

何かに耐えたかったのかもしれない、挑戦すべき対象があれば。

人はがんばれたりするものだろう、彼はそんな心境に至ったんだ。

死ぬまで生き抜こうと、がんばろうとした……。




―――無意味な覚悟だと、もちろん知りながらね。

悔しかったんだ、自分を失望させてしまった帝国軍のことが。

失望してしまった自分にさえ、悔しさが募ってしまう。

どうして、もっと気高く死ねなかったのか……。




「帝国兵どもを、八つ裂きにしろ!!」

「飛び込まねえヤツは、オレたちが直々に殺してやるぞ!!」

「そのガキ、寄越せ!!レイチェルさんの約束したとおり、そいつだけは嫌々だが助けてやるぞ!!」

「武装を引っぺがして、泳がせろ!!」




「バカを言え!!さ、サメがうじゃうじゃいるんだぞ!!」

「ボートだ、その子を、ボートでそっちに渡すから!!」

「死なせるんじゃいぞ、死なせるな!!」

「こいつを渡している間だけは、殺すのを待ってくれ!!」




―――少年兵は、周りの兵士に立ち上がらされた。

うらやましいと思われている、そんな考えを少年は抱く。

それに間違いはなくて、正しくもあったんだ。

日焼けしたベテラン兵士は、少年をちいさなボートに投げ込むように乗せた……。




「す、すみません。すみませんっ」

「謝るんじゃねえよ。オレが、みみっちいヤツみたいに思えてくるだろうが」

「は、はい……」

「…………これを、持っていけ。奪われるかもしれないが、銀貨だ。死ぬ身には、まったくもっていらんものだから」




「そ、そんな。受け取れません」

「いいから!持っていけ。路銀ぐらいにはなる。亜人種どもに、奪われるなよ。家に帰るための、路銀にでもすればいい。二度と、戦争なんて、しにくるな。オレは、もう懲りているのに、死ぬんだから」

「……う、うう」

「みっともなく、泣いてろよ。それでいい。ボートをこげ。あいつらの船の方に、行くんだ。きっと、殺されはしない」




―――少年は、自分がそのちいさなボートで軍船から離れると。

何が起きるか理解していたよ、虐殺が始まるんだ。

帝国兵どもの心に、反抗心なんてもはやなかった。

レイチェルの物語を聞けば、生かしてもらえないのは分かる……。




―――理不尽なまでの憎悪と怒りを浴びて、帝国兵どもは殺されるんだ。

弓から矢が放たれて、軍船に降り注いでいく。

悲鳴が上がり、矢に貫かれた体が酔っ払いみたいな足さばきで回転したあとで。

大した音を立てることなく、サメのいる海面下の地獄へと落ちていった……。




―――狂乱したサメが、まだ生きている帝国兵に群がる様子を少年は見た。

大サメは悲鳴を上げる帝国兵を、生きたまま引きちぎりながら。

海面に叩きつけるように、太い首を振り回している。

血肉が飛んで、悲鳴にあふれた……。




「耳をふさいでいなさいな。聞かなくてもいい。聞きたくなくても届くでしょう。私は知っているわ。だから、見逃してあげるの。耳を防ぎ、仲間の死の苦しみから、目を背けたっていいわ。そうじゃないと、普通の覚悟しかできない者は生きられないから」




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