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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百九十八


―――心地良い生き様だ、無限の困難に自らの意志で立ち向かうような魂の持ち主は。

この結末は、彼にとっては地獄のように苦しいものだったかもしれない。

それでも今の彼は誰よりも自由だったと思うよ、誇り高く最後の任務を始めるのだから。

帝国軍のあたえた鋼ではなくて、彼の父親からの贈り物を使うことで……。




「人魚よ、見るがいい!!お前の家族を、仲間を、虐殺した軍勢の一員が、その身を切り裂いていくぞ!!お前の怒りが、これで癒えることなど、ないだろうが!!それでも、私に部下をひとりだけでもいいから、助けさせろ!!」




―――ためらいなんて、なかったよ。

ナイフを左の腕に突き立てて、自分から切り裂きにかかるんだ。

もちろんとてつもない痛みだ、泣き叫ぶのが当たり前だろう。

本能が拒むよ、狂気に苛まれていない者の自傷行為なんてものは……。




―――いやいや、たとえ心が大きな病みに蝕まれていたとしても。

自分の肉をナイフで切り裂くなんて行為は、やれはしないものだ。

せいぜい動脈あたりを掻き切るのが精一杯、彼は病んでいないからやれるんだ。

焼けつくような痛みで、自らを裂いていく……。




―――血がドバドバとあふれて、傷口からは肉どころか骨が見えてしまうだろうよ。

星明りに反射する白いものは、彼の前腕を構成するふたつの骨のうちのひとつ。

橈骨というものでね、その一部が裂かれた傷口から見えてしまっていた。

正気を失いかねない激痛のなか、彼は歯をかみしめながらもやり遂げていく……。




「うぐう、痛いが……っ。やるさ、やってのける!!だから、だから!!ひとりだけでもいいから、助けてくれ!!し、信じているんだ、そっちの言葉を……私は、あ、亜人種なんて大嫌いなのに!!ちょ、挑発したいわけじゃない、た、ただの真実を告げよう!!私は、諸君ら亜人種が、大嫌いだ!!これを、人種差別だと思えたのは、つい先ほどからに過ぎない!!ずっと、ずっと昔から、諸君らを、嫌っていたのだ!!」




―――だから、捕虜でも平気で殺した。

まあ、まったくの心の傷になっていないわけではないけれど。

それでも大した傷ではない、嫌いな生き物を殺すなんてヒトはよくやるだろう。

腐敗を招くハエだとか虫けらを、慈悲なんて抱くまでもなく殺すんだから……。




「それは、その差別は!!た、確かに諸君からすれば、何とも残酷で、無慈悲なものだろう!!だが、それはもうひとつの側面もあるのだ!!帝国軍は、帝国は、人間族のためだけの軍隊である!!人間族第一主義のための、軍隊だ!!我々は、理解している!!亜人種という『私たち以外』が滅びれば、我々は、もっと豊かに暮らせるのだと!!そのために、我々は、君らを殺して、君らから奪い取る!!残酷だろうが、より、人間族は幸せになった!!私の父親も、かつてよりは豊かになって、暮らしている!!彼は祖父になった、私ではなく、妹が子供を産んだのだ!!私が、せ、戦死すれば、彼らにわずかばかり銀貨が届く!!」




―――人間族からすれば、他種族から奪い取れば幸せになれるんだ。

間違いではない、歴史がそれをとっくの昔に証明済みではある。

我々が目指すのは、歴史というヒトの本能が出した答えへの反乱だからね。

世界は暴力と強奪を根拠にした時代を過ごすものだ、およそすべての時代がそうだ……。




「我々は、正しい戦いをしている!!人間族のための、人間族による、人間族だけの豊かな世界を勝ち取るために!!それは……それで、正しい!!正しい……正しいが!!」




―――見ている、見てしまっている。

彼に対してまっすぐな視線を向けているレイチェル・ミルラを、見つけている。

悲しそうな双眸は、何も口にするまでもなく問いかけた。

瞳はいつも鏡のような力があって、人魚の悲しみはヒトの心に届くものだ……。




―――すべての生き物が、誰かの子供だったからね。

彼がこの地獄みたいな状況で頼ったのも、父親との絆だった。

甥っ子に対して、戦場でいつ死ぬか分からない自分の大切な代役とも思っている。

家族を守ってくれる、自分の代わりに育ってほしいなどと……。




―――レイチェルの人生のどこに、あるいは誰に対して。

感情移入をしてしまうのかは、人それぞれだった。

彼の場合は、レイチェルの夫に対してだ。

自己犠牲的なまでにやさしいトコロは、類似点があるからだろうか……。




―――レイチェルは知っていても、想像が及んでいたとしても口にしないだろう。

あまりにも痛ましい可能性を、妻である彼女はいくら何でも考えたくない。

彼の夫にはたくさんの槍が突き立てられていた、それはもしかして。

部下のためにナイフで自らを切り刻む彼と、同じような行いだったのではないか……。




「ボクを、殺せよ。みんなの代わりに、ボクがその槍を受け止める。剣刺しマジックのようなものだ。今回に限り、本当に種も仕掛けもないけれどね。みんなの代わりに、ボクに刺してごらんよ。耐えてみせる。だから、その代わり。見逃してくれ、みんなを。ボクの大切な家族であり、最高のサーカス・アーティストたちなんだ」




―――他人であるボクが思いつけるほどには、あり得たことだと思うんだよね。

それでも、あまりにも痛々しくて悲しいからレイチェルだって言えなかった。

彼はきっと耐えただろう、突き立てられていく槍をいくつもいくつも。

どれだけの痛みだったか、即死の慈悲は彼に与えられていなかったから……。




―――ヒトあつかいされない虫けらにするように、ただ弄ばれただけ。

無数の槍に貫かれて、地面なんかに杭打ちにされていくんだよ。

どれほど痛みであり、どれほどの恐怖であったろうか。

それでも、きっと彼は笑顔だったと思うんだ……。




―――話を伝え聞くだけでも分かるほどの、お人よしだから。

自分の苦痛がきっと、仲間を助けることにつながると信じていただろう。

その命がけの願いが、まさか踏みにじられるなんて思わなかったかもしれない。

誰一人として帝国兵どもは、助けてあげることはなかったんだからね……。




―――レイチェルの物語を聞いて、今まさに彼と同じような絶体絶命の責任者となった。

そんな状態だったなら、この男は人魚の物語に出なかった真実だって見えたかも。

誰もが誰かに感情移入しながら生きているよ、悲しい人魚の瞳の鏡の向こう側に。

彼はやさしいサーカスのリングマスターの、踏みにじられた戦いを知れたかも……。




「私は、約束を守るわ。帝国軍の兵士とは違ってね。私は、約束を守る。死んで見せなさい。あの人のように。でも、与えてあげる結末は、あまりにも違うものよ。私は、たったひとりだけ助けてあげる。ああ、なんて。寛容なのでしょうね」





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