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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百九十二


―――ヒトの恐怖を大きくするものは、いつだって想像力だよ。

考える行いが、恐怖でヒトを内側から引き裂いてくれる最強の牙になる。

人魚の怒りを、帝国兵どもは知ってしまった。

人魚の怒りに洗脳された戦士たちは、誰よりも彼女のために殺したくなっていた……。




―――怒りと憎しみが、鋼の牙となって。

殺すべき敵どもを、片っぱしから噛みちぎっていくんだ。

それが正しいと信じ込んでいるし、誰が正しくないって言えるのかな。

レイチェルには権利があるよ、どれだけ残酷になってもいい権利がね……。




―――やさしいレイチェルに、これだけさせるのは。

誰が始めてしまった痛みだったのか、考えるまでもないんだ。

人魚を絶望させたこの地上の支配者どもは、ちゃーんと残酷に殺されるべきだよ。

それなのに、ひとりの勇敢な男は口にしていた……。




「人魚の嬢ちゃん、これでいいのかい?」




―――ゾロ島のキケは、自分でそんな質問をしてしまった理由が分からない。

レイチェルの痛みがどれほどなのか、彼にもしっかりと理解できているからだ。

もしも、自分が彼女と同じ立場だったなら。

もっと荒々しく復讐を成し遂げたいと、思ったハズなのだからね……。




―――この手で、全員を殺してやりたい。

魚のエサにしてやるんだよ、ああ文字通り真実の行いだ。

ゾロ島のキケが、帝国兵どもに妻を殺されたとすれば。

どれだけの狂喜の情熱で、帝国兵どもを血祭りにして細切れにしたことか……。




―――想像力がちょっとでも働くだけで、十分だったはずなのに。

目の前にいる漁師たちの全員が、どう考えてもレイチェルに賛成しているのに。

自分だけが反対したところで、何にもなりはしないのにね。

この場では、皇帝よりも主導権を掌握しているレイチェルがまるで怖くないみたい……。




―――それでも、レイチェルに刃向かうような質問をできた理由はただ一つ。

怒りだけがね、レイチェルの本質じゃないと信じられたからだよ。

それを信じられた理由は、きっといくつかあっただろう。

彼女自身が語った物語の前半は、とてもやさしかったからかもね……。




―――『狭間』の子供たちに対して、キケは大きな期待をし過ぎているとか。

アリーチェや、その他の子供たちにも。

レイチェルも『狭間』の子を産んでいるんだ、同調しているのかもね。

あるいは彼女じゃなくて、夫の方にしてキケは心を飛ばしているのかも……。




―――もしも、あのやさしい人物がこの場にいたら。

鬼より怖いレイチェル・ミルラを、どんな風に思っただろうか。

なんて失礼で不作法な考えか、復讐に生きた若い人妻よりも死んだ男を同情するのかい。

ゾロ島のキケという男は、もっと女性にやさしい人物だと思っているし……。




―――実際のところ、彼は女性に対してやさしかったよ。

レイチェルはね、もうとっくの昔に変わり始めてしまっているんだから。

どれだけの怒りを抱いていても、彼女は怒りだけの人ではいられない。

愛しい夫の笑顔が、何を見つめていたのかちゃんと分かっている……。




―――『魔法のもしも』は、想像力を大きく広げてくれるんだ。

アーティストだけじゃなく、海の暴れん坊でしかないガサツな男の心もね。

もしも、レイチェルの夫がこの場にいたら問いかけたはずだった。

「レイチェル、これでいいのかい?」……。




―――マストの上に君臨する復讐の女神に対して、ゾロ島のキケは視線を向けない。

おびえながら身投げしていく帝国兵どもを、じーっと見つめているだけだよ。

海に抱かれて溺れ死ぬのは、大きな救いにさえ見えるけれど。

きっと、あのサーカス団を率いてしまった男は迷っただろう……。




「たくさん、死なせちまった男でもあるからなあ。仲間を、死なせちまったんだ。大きな夢だったかもしれないが……その夢の果てに、みんなを死なせてしまった。それは、それは、無念だろうよ。だが、それでも、ワシは思う。見えたんだよ。怒りの正しさを知ってなお、復讐の正当性を理解し尽くしてなお、迷っちまえるようなやさしい男の姿がね」




―――レイチェルは無言だった、それでもいいと考えてしまう。

キケ自身も迷っているんだから、帝国兵どもは死んだ方がいい敵だ。

そいつらが自分から死んでいくのであれば、これほど楽なことはない。

敵なんだから、慈悲をかけるなんて間違いなはずだったから……。




「……なあ、人魚の嬢ちゃん。あんたの心の中に、ずっといる男は。どんな願いを持っているのか。ワシにはね、ちょっとだけアンタの物語を聞いただけだから、語る権利もないだろうし、問う権利さえないだろう。だが、どうしても口が止まらない。あんたは、これでいいのかい。きっとね、そうじゃないと、思うからだ。心の底からね」




―――世界でいちばんぐらいには、やっぱり勇敢なんじゃないかな。

マストから彼の目の前に降り立った、無表情なレイチェルを目の当たりにしても。

ゾロ島のキケって男は、たじろぎもしなかったんだから。

死を覚悟しながら他人へ諫めの言葉を使える、実に古風な男だったということだね……。



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