表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4638/5092

第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百九十


―――すべてを失ったときの、痛みを想像できる者なんていないでしょう。

そこまでの想像力を、破滅的な方向に使うのは間違っているのだから。

この力は、もっと人々を幸せにするために使うべきだから。

人生の最後に、おぞましい悪意によって八つ裂きにされながらも……。




―――私の夫みたいに、ちゃんと希望を見るべきだった。

ああ、どれだけ私が泣いて叫んでしまったのか。

誰にも想像なんてつきやしない、だって私自身じゃないのだから。

横たわる夫に泣きながら、どうしてやるべきか分からずに……。




―――手を取ったの、もう死の冷たさがやって来ていた。

サーカスといっしょに生きるという意味は、このボロボロな指になるという意味よ。

どれだけの技巧の鍛練があったことか、公演の度に体はどこまでも酷使されていく。

固くなった皮膚は、働き者の名誉でもあるの……。




―――槍を抜いてあげなくちゃいけない、ゆっくりと抜こうとしたわ。

奇跡が起きて、この残酷な暴力の化身を体から抜き去ったなら。

命が再び戻ってくれると、密かな期待をしている自分に気づける。

なんて愚かなことなのか、なんて間違っている行いかのか……。




―――全ての槍を引き抜いて、穴だらけになった夫を見たの。

心臓が止まっていたから、もう血が噴き出すこともないわ。

微笑んだまま死んだあのひとに、私はキスをしてあげる。

お産で疲れ果てた私は、キスをしてもらいたかったのだけれど……。




―――血に乾いた夫の唇は、とても硬くて冷たかったのに。

記憶が私を助けてくれる、愛しい人のぬくもりをそこに確かに感じさせてくれたの。

命の鼓動よりも、明確な命がある。

私は夫とキスをした、私のことをほめてくれる夫はそこにいたの……。




―――ほめてあげなくちゃいけない、私が夫のことをほめてあげる番だわ。

どれだけ多くの痛みに耐えてきたのか、どれだけの長い旅をしてきたのか。

ああ、なんてかわいそうに。

どうして私の夫が、こんな目に遭わないといけないのか……。




―――抱きしめる、本当は抱き締めてほしかったのに。

それはもう永遠に無理だから、記憶の力に頼った魔法でしかそれは叶わない。

この腕で、あの子も抱きしめてほしかったのに。

どれだけ喜んでくれたのか、どれだけの笑顔になってくれたことか……。




―――奪われてしまった幸せの大きさが、一体どれほどのものだったのか。

記憶のない遠い未来については、知る方法がどこにもないの。

魔法にも限界がある、創り出すことは可能だけれど。

本当のあのひとは、自分の息子を抱きしめられもしなかったのよ……。




―――だから必死になって、抱きしめる。

血の香りがする夫のことを、私はどれだけボロボロと涙を流しながら抱きしめたのか。

ついさっき私が抱きしめていた息子のぬくもりや感触、はかない尊さの全てを教えたい。

教えてあげたかったけれど、その行為がどれだけ伝えきれたのかは分からないわ……。




―――止まった心臓のすぐそばに、動いている心臓がいたけれど。

私はこれを止めるべきじゃないかとまで、考えてしまう。

あの入り江で出会ったときから、ずっと今まで一緒だったから。

あなたの心臓が止まったのなら、私の心臓も止めてしまうべきだって……。




―――死ぬべきな気がするのに、それと同時に。

ユーリがいてくれることが、私をその衝動から遠ざけてくれたの。

サーカス団の家族たちの全員が、もうここで死んでしまっているのだから。

あの子をひとりぼっちにするなんて、私には絶対に無理だった……。




「ごめんなさい。一緒に、死んであげられないわ、あなた……」




―――たったひとりで、穴を掘ったの。

夫を埋めるための穴を、こっそりと森のなかに。

悲しくて辛くて、弱ったカラダでするべきじゃないことだけれど。

私は夫の遺体だけは、帝国軍に焼き払われるのを防ぎたかった……。




―――あいつらは戻ってきて、サーカスのテントを焼き払ったの。

油をかけて、私の家族である団員たちまで焼き払っていく。

もちろんお金になりそうなものは、略奪したあとでね。

記憶のなかに刻んでいるの、すべての動きもすべての笑顔も……。




―――酒を飲んで笑いながら、死者を冒涜し尽くしていく帝国軍の兵士ども。

私は永遠に忘れないでしょう、私が死んだあとでも永遠に。

見つけ出して根絶やしにしない限り、私の心に刻まれた叫びは消えてくれないもの。

究極の殺意は、とってもどす黒くて大きくて重たいものだったから……。




「殺してやるわ、お前たちの、全員を……ッ」




―――自分の口から出た言葉に、おどろいてしまうことは人生にたったの数度だけ。

観客の笑顔を求めた数年間を経て、私の口からこんな言葉が出るなんて。

夫が生きていたら止めてくれたでしょうに、その夫はもう土の下なの。

奪われた者の痛みが癒えることはない、永遠の復讐を望むだけの獣になり果てる……。




―――帝国兵どもの笑顔をにらみつけながら、海より大きな感情を得た。

私は成すべきことを、見つけてしまっていたの。

アタマの片すみにある、噂話を思い出す。

白髪の老人と赤毛の男が、いい戦士を探し求めて旅をしているそうよ……。




「帝国と戦うための、戦士を探しているのなら。私こそが、その戦士になろう」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ