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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百八十九


―――あなたが生まれたとき、あなたの首にはへその緒が絡まっていた。

ベテランの女性が取り上げてくれたおかげで、すぐにへその緒を外してもらえた。

最初の二分間、産声を上げてくれなかったけれど。

不安に顔を凍てつかせた私のすぐそばで、女性はあなたの背中を手で叩いたの……。




―――あなたはせき込んで、口から水を吐いた。

そして、産声を上げてくれたの。

ベテランの女性でさえ聞いたことのないほど、力強い大きな声だとほめられた。

産湯につけられて清められたあなたは、やさしくて白い産着に包まれて……。




―――私の腕のなかで、抱きしめられる。

力を込め過ぎないように、努力したものよ。

壊れてしまいそうな弱さが、赤ちゃんというものだから。

あなたはすぐに、お乳を求めてくれたの……。




―――たくさんたくさん、飲んでと願った。

どんどん大きくなって欲しいから、元気に育って欲しいから。

どれだけ嬉しいかは、きっと伝わらないでしょう。

この広い世界の何処を探しても、これは母親意外には分からない幸せなのよ……。




―――あなたは、すぐに眠くなった。

くうくうと可愛らしい顔で、眠ってしまうの。

いつまでも抱いていたい、いつまでも見つめていたい。

抱きしめてはなしたくない宝物が、すぐそばにいてくれる……。




―――ああ、ユーリ。

私たちの可愛い息子、なんてやわらかくてちいさくて愛らしいのか。

こんなに表情がほころぶことは、私にはないのよ。

クールな美人には、こんな表情はあまりに似合わないって知っているんだから……。




―――守ってあげたいし、何だってしてあげたくなる。

愛する子供を得たとき、親がどんな気持ちになれるのから。

想像していたよりも、ずっとこれは大きな感情だったの。

とても幸せで、とても満たされていた……。




―――だから私は、一秒でも早くお父さんがあなたに会いに来てくれるのを望んだ。

あのひとに知って欲しいの、お腹から出て来てくれたあなたと出会ったとき。

どんな幸せに包まれて、どんな顔をしてくれるのかが楽しみ過ぎた。

それと同時に、私のことを抱きしめてほめてくれるでしょうね……。




「ありがとう、レイチェル。ボクを父親にしてくれて!愛しているよ、疲れただろう!よくがんばったね!」




―――アーティストには、魔法が許されるの。

私たちは心のなかに、『魔法のもしも』を宿しているの。

たとえ現実ではなかったとしても、現実以上に真実の姿を目に映せる。

あのひとは私たちに会っていたでしょう、胸と腹に何度も槍を突き刺されながらも……。




―――ちゃんと心のなかにある目で、あなたと私を見ていたの。

さみしくはないわ、もちろん強がりだけれど。

それでも覚えていてね、本物のアーティストには魔法が使えるんだから。

魔法のなかでは、あのひとは間に合っていたの……。




―――お産で疲れ果てている私を見つけると、抱きしめてくれる。

キスをしてくれるの、耳元で泣きながら喜びに震える声をくれる。

愛していると言われるし、よくがんばったねとほめてくれる。

たくさんの愛を、私とあなたはもらえるの……。




―――あのひとは魔法を使ったでしょう、帝国兵どもに槍を突き立てられて。

腹をえぐられたときは、きっと私のお産よりも痛かったはずなのに。

それでも私のことを思ってくれた、「腹を痛めるってこんな感じだろうか」と。

周りに横たわる仲間を見つめ、涙を流しながらも……。




―――怒りと憎しみと、それよりも大きな悲しみがあったはずだけれど。

あの人に、そういう感情は似合わないの。

地面に串刺しにされていて、動けなかったでしょうに。

痛かったでしょうに、それでもあの人は魔法を使った……。




「ごめんよ、間に合わなかったけれど。ちゃんと、来たよ」




―――お産の時間に間に合わなかったのは、あなたが予定よりも早く生まれたから。

早く外の世界を、確かめたかったのね。

そういう冒険心は、私たちの息子らしい。

あの人が間に合わなかったのは、帝国兵どものせいだわ……。




「これで全員、殺したのか?」

「ああ。全員だよ。あいつも、もうすぐ死んじまうぜ」

「いい罰だ。人間族のくせに、亜人種どもとつるむからだ」

「こいつの目の前で、一匹ずつ亜人種どもを殺していく様子を見せつけたかったなあ」




―――憎しみと怒りもね、喜びを生んでくれるものよ。

ヒトはどうしようもなく残酷で、救いようのない獣の部分を持っているのだから。

あの人はヒトの持っている、最悪の部分を見せられていたけれど。

最後に見ていたのは、そんな光景じゃないの……。




―――アーティストの魔法は、ちゃんと大切なものを見つけてくれるから。

それは死さえも越えて、空間も時間も関係のないものなの。

何もかもから許された、究極の超越。

あの人は私とあなたに会いながら、ゆっくりと死んでいったのよ……。




「愛しているよ……レイチェル、ユーリ……ボクの、たいせつな…………」




「お、奥さん。大変です!!」

「あ、あなたたちのサーカス団が、お、襲われたみたい……」

「帝国軍が、来たんですって……」

「彼らは、ま、前々から、あなたたちのことを、嫌っていたから―――」




―――人生でいちばん嬉しかった日と、人生でいちばん悲しかった日はいっぺんに来た。

ユーリ、あなたを彼女たちに預けた私は急いで走ったの。

悲しい雨のなか、痛むお腹のまま走った。

真っ赤に染まったサーカスに、私はひとりでたどり着く……。




―――名前も生い立ちも、どんな未来を見据えていたのかも。

すべて知っている仲間たちが、ひとりずつ転がっていたの。

剣で裂かれて、槍にえぐられて。

恐怖におびえながら悶えて死んだ、みんなのすべてを知っている……。




―――アイシャは私と夫といっしょに、あのサーカスから移ってくれたの。

素晴らしい衣装をいつも用意してくれたし、アーティストの意見を大切にしてくれる。

笑顔の可愛い子で、付き合い始めて三週間の恋人がいたのよ。

ちいさなお店を持つのも、彼女の夢でそれに向けてお金を貯めていた……。




―――フロックは芸名だけど、そう呼ばれるのを好んだ青年。

投げナイフはまるで流れ星、軽薄なダンスと裏腹の本物の達人技の持ち主だった。

名門サーカスの子として生まれ、両親を超えるまでは家に戻りたくなかったの。

さみしがり屋のくせに、プライド高くてコッソリと練習し続ける方だった……。




―――フィードは動物たちに芸をさせる、調教師だったの。

愛する狼たちといっしょに眠って、今もそうなっていた。

寄りそうように生きるのが、彼らの『群れ』のルール。

血に染まって眠る今も、彼らはちゃんといっしょにいたの……。




―――ビッキーは明るい娘、底なしの明るさとはこの子のためにあった。

生い立ちはかわいそうな子で、親にサーカスに売られてしまったの。

それでもサーカスで生きることに喜びを見つけ、玉乗り芸の達人になったわ。

子供たちの笑顔のためになら、どんな危険なトリックでも笑いながらする……。




―――虐殺された人たちの全員に、名前と人生の物語があったのよ。

切り裂かれて、血まみれで痛々しく。

かわいそうに、本当にかわいそうに。

みんなの笑顔を覚えている、私の心に永遠に宿っている……。




―――血と暴虐と、私たちへの無礼な行いに満ちた場所を歩いて。

私は愛する夫と出会ったの、たくさんの槍に串刺しにされていて。

地面にぐっさり刺さっていて、青ざめた顔は血まみれなのに。

うっすらと笑みを、浮かべていたわ……。




「言ったでしょ。本当のアーティストは、『魔法のもしも』を使えるの」





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