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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百八十七


―――私のお腹はどんどんと、大きくなってくれた。

あなたはもうすぐ、この世界にやって来てくれる。

みんなが待っていてくれて、何よりも私たち親が待っているの。

元気に育って、この世のなかで生きて大切なものを見つけてほしい……。




―――どれだけの宝物を、この子は見つけられるだろうか。

どれだけの人と出会って、どれだけの笑顔を知るのだろうか。

どんなふうに育つのか、どんな経験をしていくのか。

考えるだけで心は弾み、その日がどんどん待ち遠しくなっていく……。




―――母親の自覚が芽生えるのは、きっと人それぞれに違うけれど。

ユーリ、私はあなたに名前がつけられたときにそれを得たの。

大きくなっていくお腹を、やさしく抱きしめる。

祈りを込めた歌を捧げたの、元気に生まれて来てね……。




―――私たち三人に与えられた、最後の日々は穏やかだったのよ。

夫の創り上げたサーカス団に、多くの観客たちがやって来てくれた。

まるで時代がさかのぼったみたいに、私が踊った最初のサーカスみたいにかがやいた。

私はお腹が大きいから舞台には上がらずに、占い屋をやっていたの……。




―――洞察力はアーティストの大きな武器のひとつだから、占い師ゴッコも上手。

お客さんが抱えている悩みや願望を見抜くのは、サーカスの大切な技巧だったから。

女性たちの悩みを聞いた、恋や家庭の悩みが多かった。

女性は人間関係を重視するから、いつだってひとりで生きたくはないのね……。




―――恋の物語のなかには、もちろん悲恋がつきものだったわ。

愛しい人が帝国兵になって戦地に行って、戻って来ない日々が続いているとか。

ステキな夏を過ごしたはずの男性が、ある日いきなり町から姿を消したとか。

恋人になったとたん、魅力を感じられなくなった相手についてとか……。




―――ヒトの心は、やわらかくもあり大胆でもあって。

さびしがり屋のくせに、ひとりで悩む時間も必要なもの。

みんなそれぞれ特別になりたがっているし、実際のところ自分は『少し変』と信じたい。

誰もが同じように、それぞれ同じ時代を違うように生きている……。




―――亜人種と人間族のあいだでも、いつものように秘められた恋があったのよ。

それは私とあなたのお父さんだけのものじゃなく、ありふれた出来事でもある。

いつの時代でも、ヒトが誰かを好きになるキッカケなんて些細なものだったから。

ちょっとした出会いが、運命にまで育っていく過程を味わうのは楽しいものだった……。




―――私のタロットも、私の水晶玉も。

そのような恋愛に対しては、いついかなるときも同じ答えを示してあげた。

他ならぬ私たちの体験談に基づいて、「迷わないように」と教えたの。

世界が『狭間』を罰だと決めつけたって、大昔から人々の恋物語は消えなかった……。




―――意外と多くて、おどろいたものよ。

面白いことに、みんながみんな『自分たちくらいのものだろう』と思い込んでいた。

実際はとてもありふれているものだと、占い師を二週間やれば理解するでしょうね。

人種の違いなんかで、ヒトの恋心はせき止められないものよ……。




―――それは勇気をあたえてくれた、私が彼女たちを励ました以上に私を励ました。

彼女たちはまだ恋の途中だったけれど、私のお腹にはあなたがいるのだから。

やさしい手が、あなたに祝福を込めてなでてくれる。

幸せと健康を祈って、彼女たちは私のお腹ごしにあなたをなでてくれたのよ……。




―――いつか自分たちも、愛する者の子を産みたいと願いながらね。

恋愛の行きつくところのひとつは、そうだもの。

ユーリ、あなたは私たちの恋愛のゴールだった。

本当なら、もっと三人で長く生きていたかったわね……。




―――たくさんの未来を、思い描いたの。

あなたのお父さんといっしょに見てきた、この世界の美しさを。

どれだけあなたにも伝えられるのか、どうする方法がいちばんだろうかとも。

机の上に広げた地図を、私たちは指を使って旅するの……。




―――この山には行っておかなくちゃ、秋の紅葉を見逃すなんてありえない。

あの森には冬がいい、スキーも楽しめるし雪冠をかぶった杉を見ないなんて。

滝にも行かなくちゃいけない、お腹を揺さぶる終わらないドラムロールのような振動。

ふたりの指であちこち、私たちは旅する予定だった場所をこすっていった……。




―――伝えたいことを考えながら、未来を予想したのよ。

それがどれだけ楽しくて、それがどれほど幸せな想像力だったのか。

心は弾んで、楽しみで仕方がなかった。

私たちは三人で、大きな長老杉を見上げる予定だったのよ……。




―――ユーリ、覚えておいてね。

あなたはお父さんに愛されていた、一度もあなたを抱きしめられなかったけれど。

いつだって、今でも間違いなくあなたを想ってくれているの。

見守るだけじゃなく、あなたの心に宿っていっしょにあらゆるものを感じているわ……。




―――今日がどんな日であったとしても、私とお父さんがそばにいなくても。

あなたは笑顔で、すべてを見届けて欲しい。

私たちはいつも、いっしょだったの。

私の旅はあなたとお父さんのもの、今このときの命も心もあなたと父さんのもの……。




「もうすぐ産まれそうだよね。ど、どうするべきだったかな。あ、ああ。そうだ、そうだ。町の病院に行かなくちゃ……うう、うう。き、緊張するっ。初舞台のときよりも、百倍ぐらい緊張してるよおっ」

「あなたじゃなくて、私が出産するんですから。落ちつきなさい」

「わ、わかった。そうだね。そ、それじゃあ。行こうっ!」

「ええ。ああ、あなた……ちゃーんと、お仕事をしてくださいよ。私とこの子のためだけじゃなくて、あなたはこのサーカス団のリングマスターとして、団員とお客さまに責任を持たないと」




「うん。分かっているよ。公演をしたら、すぐに……病院に、駆けつけるからねっ。う、産まれる瞬間にはさ、やっぱり、立ち合いたいもん」




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