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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百八十六


―――人魚の知識は、教えてくれる。

お腹のなかには温かくて、おだやかな海があって。

そこで赤ちゃんは、ゆっくりとだんだんと大きくなってくれるもの。

おだやかな海に、母親のお腹は似ていたから……。




―――世界はどんどん、良くない方向に変わってはいたけれど。

あなたのお父さんが率いるサーカス団は、ちょっとずつ世界に抗っていたの。

天幕の下でだけ、そこにはみんなの自由があった。

誰もが帝国の言葉に従っていたはずの世界で、歪んでいく世界のなかで……。




―――人間族たちも、亜人種の演じるパフォーマンスで笑顔になれたの。

それは亜人種たちも、同じことだったわ。

亜人種たちも、人間族のパフォーマンスで笑顔になったのだから。

それはとてつもない奇跡で、このおかしくなってしまった世界ではありえないこと……。




「ボクたちなら、きっと、奇跡を起こせるよ。ちょっとずつかもれいない。少しだけかも。みんなを、一気に変えてしまうなんてことは、不可能だけど。ゆっくり、毎日、あちこちで。石を投げられてもがんばろう。罵られても、呪いの言葉をぶつけられても。嫌になって、くじけそうになったとしても、がんばるんだ。やり抜こう。ボクたちが、成し遂げなくちゃいけないのは、奇跡なんだから!!」




―――奇跡を目指した私たちは、とてつもなく勇敢になれたから。

仲間たちも逃げずにいてくれた、自分たちの仕事が何より正しいと。

どんなことよりも価値があるのだと、知っていたからなの。

誰もが勇敢、誰もが本物のアーティストたちだったわ……。




―――あなたの周りにいて、あなたの成長を見守ってくれた人たちは。

そういう天才たち、世界が憎しみや怒りの大津波に吞みこまれて。

悪意の爪にズタズタに切り裂かれているのに、奇跡なんて信じてくれたのよ。

愚かしいだなんて思わないで、それは何よりも勇敢な行いだったのだから……。




―――自分たちの記憶のなかにはあって、現実の世界にはないものがあるの。

あの日々の私たちには、それがしっかりと見えていた。

希望が姿かたちを与えてくれた、たしかな未来絵図。

誰もが生きていてもいい世界、それを目指すために道を私たちは歩いたの……。




―――その記憶は、奇跡という未来はあまりにも遠くて。

現実にありふれてしまった悪意は、あまりにもたくさんあったから。

苦しみと痛みと、ムダかもしれないとおびえる恐怖心と。

多くの途方もなく大きな敵と戦いながら、みんなで孤高の道を歩いたの……。




―――たったの一歩が、あまりにも重たくて。

油断すれば一瞬のうちに、奇跡は価値を色褪せさせた。

憎しみと怒りは夜ごとに大きく、深くなっていき。

世界から私たちは押しつぶされそうになって、それでも耐えていた……。




―――千人の挑戦者がいれば、千人のすべてがあきらめてしまうような地獄を。

私たちは奇跡を頼りに、戦い抜いたの。

お腹をなでてくれたのよ、あなたに祝福の言葉を捧げてくれた。

「世界が、あなたにほほえみますように」……。




―――「未来が、あなたにほほえみますように」。

「理由のない憎しみに襲われる人など、あなたが見ませんように」。

「世界がやさしい希望があって、死と対立と憎悪を強いられませんように」。

「あなたがこの天幕の下にあふれているような、笑顔のもとに生きられるように」……。




―――千の祈りが、そこにはあったの。

万の願いが、私ごしにあなたをなでてくれる人たちは捧げてくれた。

奇跡の価値を信じて、世界のすべてをはねのけるような天幕の下で。

あなたとお父さんと私は、とっても幸せな言葉をもらったのよ……。




―――おだやかで、あたたかな潮流のように。

融け合うようなやさしさが、奇跡には宿っていたの。

ユアンダートが世界に刻み付けた呪いを、私たちは跳ねのけてみせた。

私たちのサーカス団は、最後の旅を続けたの……。




―――お父さんは、間違いなく世界でいちばん大変だったはずなのに。

すごいコトよ、泣いている日なんて一度もなかったの。

あんなに弱っちくて、とっても泣き虫さんなのに。

あなたが私のお腹にいると知ったその日から、一度だって泣かなかった……。




―――聖なる日々は、とても幸せ。

私たちの全員が、未来を心から信じられた。

いつか、この日々が本当の奇跡を紡ぎますように。

私の子供と、世界かしっかりと結ばれますように……。




「この子の名前は、ユーリだよ。ユーリ・ミルラだ!男の子の気がするけど、女の子でも使える名前だよね」

「ユーリ、ユーリ。ああ、とってもいい響き。喜んで、お父さんが、あなたに名前をつけてくれわよ」

「まだ、生まれる前だけど。この名前が、いちばんだと思う、どう、かな?」

「うん。私も、そうだと思う。この子の名前は、ユーリよ」




―――あなたは、そうして名前をつけてもらった。

あんなに嬉しそうなお父さんは、久しぶりだったの。

あなたはとても単純な子だったから、名前をもらうとすぐにお腹を蹴ってくれた。

自分の名前を誇らしそうに、確かめたのね……。




「そうして……あなたは、生まれたの。お父さんは、生まれたあなたを抱きしめてあげられはしなかったけれど。私のお腹ごしに、あなたをしっかり抱きしめて。キスと祈りをくれたのよ。『ユーリ、ボクの子よ。君が、いつも笑顔の日々を過ごせますように。奇跡が、奇跡じゃなくなった未来で、生きられますように』」





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