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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百八十五


―――苦難の多い道でも、信念があれば笑顔と共に歩んでいけた。

夫の理想は危うかったかもしれない、それでも痛みや苦しみにさらされる度に。

本当に正しいものだと、心の底から信じられた。

愛おしいと思えた、これが愛情だと感じられる……。




―――夫の目指す通りの世界になれば、きっと多くの子供たちが笑顔だろう。

生まれた人種なんかのせいで、苦しめられることはない。

好きなように笑えるのだ、政治的な枠組みなんて飛び越えて。

異常な世の中になりつつある、子供たちのあいだにまで差別が根ざしている……。




―――サーカス団への襲撃や、他分野のアーティストたちへの襲撃は相次いだ。

人間族第一主義に批判的な哲学者は、火あぶりにされてしまった。

犯人はただ帝国を信奉するだけの、若い男たちだ。

若者ほど、この熱狂的で排他的な意志に飲み込まれていく……。




「彼らは、経験が足りないからね。知識もそうだ。学んだことのない世の中になってしまい、あわてている。勝者である帝国が与えてくれる価値観を、鵜呑みにしているんだ」




―――哲学者たちの言葉を理解するためには、それなりの知恵が必要だった。

多くの若者にあるはずもなく、彼らは賢者の説得に耳を傾けるよりも。

賢者たちを焼き払って、より単純な価値観を求めていく。

ヒトの悲しい側面が、より明確になっていった……。




―――文明を破壊する方が、文明を高めるよりははるかに楽で。

学ぶ苦痛よりは、奪い取る労力の方がよっぽど簡単なものだった。

悪意はやはり合理的なもので、利益と権力のために人々は残酷になれる。

合理的で分かりやすい悪意に憑りつかれて、多くの亜人種が殺され始めた……。




―――ガルーナが滅ぼされ、やがて『プレイレス』まで帝国の手に堕ちた。

最も古く、最も高度な文明と知識を継承していた土地までもが。

アーティストたちからすれば象徴的な敗北であり、帝国にとってはその逆だ。

彼らは自分たちこそが、この大陸の真の継承者なのだと考えていく……。




―――『プレイレス』という文化的な覇権が屈したとき、帝国の暴走は大きくなった。

略奪と差別感情を高めるための演説がくり返されて、人々は憎悪を楽しむようになった。

帝国に属しようとする者たちは、あきらかに憎悪を楽しんでいる。

憎悪も娯楽のなかでは大切な感情であり、これに囚われた者たち特有の喜びもあった……。




「また、縛り首にされていた。ちいさな子供たちが、だよ。親を殺されて、それでも死にたくないから、パンを盗んだんだ。それなのに、たったそれだけなのに。何人もの子供たちを吊るしている。ありえないよ……本当に、どうして、子供たちを笑顔のまま殺せるんだ!?」




―――逃げ場にもなろうとした、貧しかったけれどサーカス団は引き取った。

他に居場所なんてないからだ、あの孤児たちは帝国とその思想の下僕に親を殺されている。

さみしくて泣いているから、抱きしめてあげた。

サーカスの芸は、一時的にでもなあの子たちから涙を止めさせてくれる……。




―――子供たちを殺して、笑顔になる連中が許せない。

こんなちいさくて、愛らしい存在に対してまで。

どうしてそこまでの憎悪を浴びせて、笑顔になっているのか。

奪い取った土地や畑や家に、幸せそうに住める理由が分からない……。




―――その椅子は、きっとおじいさんが家族のために作ったのに。

古びたタンスは家族の成長を見守ってきて、母親から娘にも受け継がれたものだ。

略奪者どもが我が物側で脚を乗せるテーブルは、かつて違う家族の笑顔が集まった場所。

憎しみの力は大きくて、正しさの基準だってあっさりと歪めていく……。




―――哲学者たちを殺して、小説家を殺した。

画家に描くのを求めたのは、諸神や英雄の物語ではなく。

皇帝ユアンダートと、帝国軍が勝利した戦場の英雄譚ばかり。

侵略はいつでも美化されて、泣き叫ぶ被害者たちの声は封殺された……。




―――子供たちの自殺者まで、生まれ始めてしまう。

死にたくなかったはずなのに、生きていたいはずなのに。

健康で悩みなく、すこやかに生きているべきだったのに。

枯れ果てた井戸の底に、その子は身を投げた……。




―――ナイフで自分の身を裂き続けて、何時間も苦しんであの子は死んだ。

誰にも看取られずに、この世に対しての絶望だけをにらみつけながら。

「お母さん」って呼んだはず、みんな死にそうなときはそう呼ぶものだから。

もうこの世にいない、奪われたお母さんを求めているから死ねもする……。




―――帝国軍は喜んだ、帝国の思想の下僕どもも喜んだ。

亜人種がひとりでも死ねば、あいつらは安心する。

あいつらの正義や理想の世界に近づいていくと、心から思い込んでいた。

抗おうとした亜人種たちの国や町を滅ぼす度に、彼らは祭りのようにはしゃいだ……。




―――サーカス団はそれでも、戦おうとした。

敵を殺したときに得られる喜びよりも、もっとマトモな笑顔のために。

あらゆる研究を続けながら、パフォーマンスを磨いていく。

人種を公表せずに公演することだってある、手段を問うわけにはいかない……。




―――私たちは子供たちの笑顔のために、夫のもとで抗った。

サーカスの魔法は、壊されていく世界のなかでも有効なの。

高綱渡りでも空中ブランコでも、エアリアル・バレエでも。

子供たちの心に、おどろきと喜びを与えられたから……。




―――亜人種のパフォーマンスで笑顔になったのは、子供たちだけじゃない。

帝国かぶれの親たちにだって、サーカスの魔法はちゃんと届いた。

せめて天幕の下だけでは、夫の願いの通りに人々は融け合えていた。

私たちにとっても、その事実は大きな慰みでもある……。




―――大好きなものが、人々から残酷な憎しみを無くしてくれるとすれば。

それはとても誇らしいものでしょう、その誇らしさがあればアーティストは。

どんな苦痛にも耐えて、自分の芸を磨き続けられる。

世界がこんな有り様になったとしても、まだあきらめずに踊れるの……。




―――世界はどんどん、大喰らいの獣みたいに貪欲な帝国どもに。

噛みちぎられて引き裂かれ、子供たちも親たちもおかしくなっていく。

奪い取ることは、アーティストの創作とは真逆の行い。

0から生み出す私たちに、誰かから奪い取った勝利は敵意を燃やした……。




―――私のお腹のなかに、新しい命が宿ってくれたのは。

引き裂かれた世界のど真ん中、私は喜びながらも。

どこか不安に思っていたのに、私の夫はどこまでも勇敢だった。

子供みたいに純粋な笑顔で、私の不安を見抜きながら手を取ってくれる……。




「大丈夫だよ、レイチェル。ボクと君とで、この子を幸せにしよう。このサーカスはすごい。きっと、ここから世界はちょっとずつ変わっていくんだ。だから、安心して。この子は、生まれたことを喜ぶよ!未来は、この子のためにあるんだ!」




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