表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4624/5090

第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百七十六


―――人魚の体力と、想像力に底はなかったようだ。

初めての高綱渡りのパフォーマンスをすれば、心も肉体もすり減るはずなのに。

彼女はまったく疲れておらず、それどころか『本気の動き』を解禁し始める。

ミスへのリスクを含んだ演出をするべきだが、彼女はそれを捨て始めていた……。




―――観客たちも、とっくに気づきつつあるからだ。

人魚がミスを犯すはずがないと、『あり得ない認識』に囚われている。

人魚は自分がかけた魔法を、もう一段強めるべきなのだと悟っていた。

感じ取れるからだ、観客たちが望んでいるのはスリリングさではなくて……。




―――ただただ『すごいパフォーマンスを見たい』という、幼稚なものだと。

幼稚さは悪いものじゃない、むしろサーカスを楽しむには絶対に必要なものだ。

遊びも芸術も、ただの虚構に過ぎない。

そこに含まれた意味や価値を見つけられるのは、知性ではなく素直な欲求だけ……。




―――心のままに、楽しみ始めていただけ。

観客たちは無邪気な子供のように、人魚へ無限のパフォーマンスを求めている。

さっきよりも速く、さっきよりも高く。

熱狂的で幼稚で素直な言葉に、人魚の体と心は力を与えられていた……。




「『入っている』。神経がね、いくらでも研ぎ澄まされる高みというものがあるの。あのときは、何もかもが楽しくて、疲れなくなる。それでいて、周りが見えるの」




―――サーカス・アーティストたちが望みながら、ほとんどその領域に至れる夜はない。

多くの言葉が、それを表現しようとしているものだ。

あるものは『天意が宿ったとき』とも、またあるものは『憑依状態/トランス』。

『集中の極致』だとか、『楽しみの境地』でもいい……。




―――この神秘に満ちた、体と心を限界の檻から解き放つセンス。

それは多くの言葉で表現されてきたけれど、人魚のそれは『喜び』に拠するものだ。

人魚本人ではなく、じっと彼女を見つめていた男が悟ったものである。

楽しんでいるけれど、誰かを楽しませようとしている部分が大きい……。




―――あのたくさんの名前を持つ、独特の感覚について。

少なからずのアーティストたちが、必要な条件を言葉にして残していた。

『自分と相手がひとつになるような』、『自分以上の大きなモノとつながる感覚』。

人魚のそれは、人と人のあいだにある境界線を抱きしめて超えるような力だった……。




―――『見る』能力には長けている、感覚ではなく知識を総動員することで。

知識の良いトコロは、感覚よりもはるかに巨大な世界観で分析できる点だ。

男にはそれがある、伝統や口伝ではなくて異常なまでに知的な力。

アーティストしての表現能力はなくても、その点だけは天才だ……。




「まるで、喜びを現象にしたがっているような……」




―――いい『見る』能力の使い手は、言葉にする力にも長けている。

男の言葉に、周りにいたサーカス・アーティストたちは想像力を高められた。

悲しいことに男自身には、その種の芸術的なセンスは足りないけれど。

周りの人々がそれをやってくれるのであれば、問題なんてどこにもない……。




「現象、なる、ほど……っ」

「まだまだ、十分じゃない。そもそも……高綱じゃないかも」

「あ、あれだけの運動能力だし、そもそも……知識と経験値的に、いくら天才でも……バリエーションが不足する」

「でも、まだ、レイチェルは……」




「あの子の、得意な技はなんだ!?」




「もっと、やりたがっている。高綱だけじゃ、足りない。あの子のセンスなら、即興で自分の流儀を形にしてやれるはずよ!!」




「よ、用意はできるものには、限界はありますが……っ。人魚さんの得意な演目さえ分かれば……っ」




―――三人のサーカス・アーティストたちの目が、一斉に男へと注がれる。

人魚をこの場に連れて来てくれた男なら、その才能を発掘した彼なら。

少なくとも自分たちよりも、多くのパフォーマンスを見ているはずだった。

何かアイデアを出せと、血走ったアーティスト特有の目でにらんでいる……。




―――男には三人ほどの表現のセンスはないものの、知識は十分にある。

人魚の魅力も、たしかにこの三人よりは洞察が利くかもしれない。

だが、追い詰められることにも慣れていて。

こんな形相でにらまれると、過去の失敗の数々が蘇ってしまう……。




「れ、レイチェルの、得意技なんて、その、あ、あの……っ」

「あ、青ざめないでくださいっ!!過呼吸もナシ!!準備を、は、早くしてあげないと!!ね、ネタ切れになっちゃうますよう!!」

「焦らせても、出ないものは出ないかもしれないけど……ここは、サーカスよ!!焦ってもいいから、何か出せ!!サーカス・アーティストの芸人魂を見せなさい!!」

「そうだ、やれ!!口走れ、お前のアタマだけは買っているんだからな!!!」




―――脅迫しているわけではなくて、これもまたサーカスに伝わる技巧だった。

『考えさせず』に、次から次にアイデアを連想させていく方法だ。

男の口は、震えた声ではあるものの。

次から次にアイデア自体を、連ねていく……。




―――人魚の能力ならば、おそらくほとんどのネタが行えるはずだった。

圧倒的な才能があれば、道具と観客たちと無言のまま通じ合えるのなら。

才能は異常なほどに多岐に渡り、それから何かを選ぶのは難しい。

だが、皆でアイデアの海に溺れるのもいい行いだ……。




―――お互いのアイデアを、ぶつけ合うように競り合わせていく。

そうすれば、アイデア同士が補い合うように。

何かしらの形を紡ぎ出してくれるのが、この種の行いの良いところだ。

即興は時間に追い込まれ、時間が偉大な芸術家という意味を知らしめる……。




「な、何でもやれるのならば、逆に……っ」

「あるのものから、選ぶのもありよね!」

「何が、ありやがるんだ!?人魚の、あのけた違いの身体能力に、ちゃんと応えてやれる道具がいい!!道具でなくても、何か、彼女に合うものは何だ!?頑丈なモノだ、鉄か、鋼か」

「…………え、えーと。ぼ、ボクたちの使う道具で、いちばん、強さがあるのは……あれです。あれ。布。繊維は、とてつもなく頑丈です……っ。金属なら、レイチェルの力に押し負けて壊れるかもしれないけれど。布なら、やさしく力を分散するし……動いて、キレイで。芸も……ある……」




「え、エアリアル!!あの布、あります!!」

「シルクの、布で宙を舞う……っ」

「あの子のしなやかな身体能力と、華やかさには合っている!!」

「で、ですよねっ!!何より……見たい。レイチェルの、エアリアル!!」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ