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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百七十五


―――虚構のすばらしいところは、現実にある境界を取り去ってくれることだ。

そんな考えを手に入れながら、人魚は笑顔のままロープの上で踊る。

落ちそうな危うさで心配させながら、圧倒的な身体能力で驚かせながら。

演技という虚構の力で、観客たちの心に立ち入っていく……。




「すごい!なんて、パフォーマンスなんだ!!」

「お、落ちちゃう!今度こそ、危ないわ!!」

「大丈夫だよ、あの子なら……きっと!」

「すごいなあ。キレイだな。どうして、あんなに勇気があるのかなあ」




―――観客たちの心と、人魚の動きは同調していく。

怖がりたくもあるし、安心したくもある。

観客たちの心は、あまりにも移り気だけれど。

それがだんだんと、人魚の演技が生み出す虚構に向けて融け合っていく……。




―――ハラハラとする心が叫ばせた、ちいさな悲鳴も。

ドキドキとする心が叫ばせる、大きな歓声も。

移り変わるはずの心たちを感じ取りながら、人魚は笑顔で飛び跳ねる。

落ちてしまいそうなほど、ロープの上を器用に転がり……。




―――落ちそうになるたびに、復活してみせた。

危険な挑戦と、圧巻の勝利を見せつけることで。

観客たちは、人魚といっしょに冒険しているような気持ちになる。

ゆっくりと、人魚と観客たちの心にある境界線が消え去って……。




「ひとつに融け合っていくみたいね、サーカスっていうのは。海と人魚みたいだわ!」




―――観客たちといっしょに、サーカスを作るべきだから。

人魚はたしかに天幕の下にある、芸術の文脈を読み取っていた。

これは大いなる『遊び/虚構』、現実を越えてしまう特殊な儀式だ。

サーカスの魅力で、アーティストも観客たちも一緒に楽しめれば最高の結果……。




―――海とひとつになれる感覚が備わっている人魚には、この理解を得るのは容易い。

人魚は笑顔になり、ロープの上で恐ろしい速さで側転からの宙返りを演じる。

技巧の上でも素晴らしいし、危険性の上からも最上級だ。

不安定さも『演じる』ことで、観客たちの緊張感まで手玉に取っている……。




―――サーカスのアーティストたちも、あっけに取られていた。

新人のやれるパフォーマンスではなく、これはあまりにも見事だ。

天才たちのなかの、最上位だろうと思い知らされる。

いつの間にか自分たちまで見入っていることに気づき、我に返る必要があった……。




「みんな、レイチェルに心を掴まれているんだ。ボクも、そうだった。仕事を忘れてしまいそうなほどの、独壇場だ」

「……い、いきなり。ここまで、やれちゃうんですね……っ」

「教えてもらっているから、だな」

「観客から学び取っているのよ。要求のままに、素直に動いているだけ。あの子は身体能力だけがすごいんじゃない。『見る』ための力が飛びぬけている」




―――『見る』というのは、なかなかに難解な感覚だ。

アーティストは目に映ったそのままを、感じ取っているわけじゃない。

『見る』ことで得られるべきは、現実に秘められた真実だけ。

観客や空間、果てはアーティストたちからも感じ取っている……。




―――どんな演技をするべきか、どんな反応が起きるのを望んでいるのか。

この天幕の下にあるあらゆる者と、あらゆる物体がすべて人魚に『見られていた』。

才能のない男には、その事実だけしか分からない。

どうすれば、これだけの力を発揮できるのかは彼には一生理解できなかった……。




―――それでも、指導者としての才能を男はこの瞬間も磨いている。

アドバイスをしてやれるはずだ、センスだけでは創作できない領域もあるから。

ほとんど究極のパフォーマンスではあるけれど、完全無欠に近いかもしれない。

足りないことで、より完璧になれるのがサーカスの面白さでもある……。




―――男は満面の笑みで、誰よりも人魚のパフォーマンスを楽しみながらも。

心のなかで、責任を感じていた。

もしも人魚が望んでくれるなら、自分はあの子のために人生を捧げるべきだ。

心の底から、その覚悟をしていく……。




―――男の心に、師からの言葉が響いていた。

「才能は周囲の者を、尽くさせるのだよ」。

自分は巡り合った奇跡みたいな才能を、海から陸に連れてきたのだ。

あの運命の意味は、きっと自分が人魚に尽くすということに違いない……。




―――才能のない男は、このときも誤解をしてしまっていた。

サーカスの中心に立つ者が、花形以上にサーカスを担う者なのに。

人魚を海から連れ来て彼こそ、凡才以下でありながら天才以上の特別な才能。

人魚と共に在るべき、偉大なるリングマスターの定めが彼にはあった……。




―――サーカスの空間は、どこか間違いなく宗教に似ている。

観客たちが信者ならば、あがめられる女神は人魚になるかもしれない。

でも、それが成り立つためには大きな『神殿』がいるのだ。

サーカス団とそれが率いる者がいてこそ、人魚は観客たちとひとつになれる……。




―――彼はその事実に気づきもしないまま、『未来』への着想を手にしていた。

人魚のための舞台を用意しつづけるべきだ、人魚が望むべき形で。

人魚があらゆる者を、笑顔にするように。

今夜のサーカスを誰よりも明るい笑顔で、男は『見る』……。




「すごいなあ。オトナも、子供も。人間族も、エルフもドワーフも。巨人族のアーティストや、ケットシーのスタッフも、老人も、貧乏な立ち見のお客さんたちだっ……特等席のお金持ちたちだって、レイチェルに夢中だ。レイチェルのおかげで、笑顔でひとつに……レイチェルなら、『あらゆる人々とのあいだにある境界線を越えられるんだ』」




―――天才の証が、『見る』ことだと言うのなら。

千年間のあいだどんな覇王も、どんな神々も成し遂げられなかった『未来』。

それを『見た』とするのならば、誰が本当の天才だったのか。

「才能は周りを尽くさせる」ものだ、宙を舞う人魚は男の顔を見る……。




「レイチェル、いっしょに。サーカスをやろう!ずっと、ずっとだ!たくさんの人々に、どんな苦しみを抱えている人たちにだって、笑顔を届けてあげられる!ボクといっしょに、サーカスをやろう!」





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