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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百七十四


―――サーカスという空間にある文脈に、人魚は直ちに応じた。

この高綱の使い方は、決して曲芸的にあつかうためのものではない。

歩くだけなら熟練者たちは、たやすくこなしてしまうだろう。

人魚がすべきことは、想像を絶する動きに決まっていた……。




―――細くて揺れるロープの上を、人魚は走ってみせる。

観客たちからは「無謀だ!」、「危ない!」と悲鳴じみた声が聞こえたが。

もちろん人魚は完璧な動きで、ロープの上を走っていた。

走りながらも、サーカスの文脈はささやいている……。




―――高綱のもたらす面白さは、まだまだ奥が深いものだぞと。

人魚の軽やかに走っていた足が、ロープを踏み外す。

大きくカラダが揺れて、観客たちは落下の悪夢を想像していた。

だが、人魚は落下することはない……。



―――落下しそうな寸前で、左脚がロープを絡め取れていた。

左膝の内側だけに体重がかかってしまう、観客たちが安堵した瞬間。

ロープを軸にして、くるくると華麗な回転をしてみせた。

膝を軸に回り、跳び上がるようにカラダが跳ねたと思うと……。




―――今度はロープを両手で握り、ブランコのようにその身を振り回す。

ゆっくりと、反動が創り出していく『揺れ』を大きくしていきながら。

観客の反応を楽しんでいた、潮の流れと同様に。

聴くべき文脈がそこにあると、人魚はその身で理解している……。




「あ、あの子、わざと踏み外していたんだ」

「当然でしょう。サーカスの失敗なんて、十割が演出であるべきなんだから」

「それを、教えられなくてもやってくれたってわけだ!」

「さすがは、レイチェル。今も、お客さんたちと……『対話』している」




―――どんな願いがあるのか、どんな動きが見たいのかと。

人魚は観客たちの光る瞳を見ていた、天幕の空中に吊るされた明かりが。

うす暗い観客席にいる者たちの瞳を、爛々とかがやかせている。

好奇心と期待があって、それらもまた言葉じみたものだった……。




「どうなるんだ!ロープに、どうやって戻る?」

「飛ぶんだよ。あの人は、すごく軽いから!」

「きっと、翼が生えているの」

「落ちたりなんて、しないよね……っ」




―――サーカスの文脈は、どこか残酷さもあると人魚は理解した。

危険だから楽しくて、ワクワクと心が弾むのだ。

それは病的なものではなくて、どんなヒトにも根源的にある衝動だろう。

普段は押し殺しているそれは、檻のなかからいつも出たがっているのに……。




―――誰しもが、心の檻のなかに閉じ込めつづけている。

日常はそうやって守られているけれど、ここはサーカスだった。

まるで戦場のような、非日常的な衝動の発揮が許される。

人魚は、危うい動きを試した……。




―――片手を放すと、悲鳴が上がる。

それでいい、怖がってくれることも必要のはず。

そうだなければ、怖くなければ面白みも弱いから。

片方だけの手でロープにつかまったまま、彼女は大きく身を振って……。




「か、片手で、倒立!?ロープの上に!?」

「どういう身体能力してんのよ。あの子は、本当に……」

「落ちてしまいそうに見える。震えながらも、全身を伸ばしていきながら……演出か」

「そうだと思います。レイチェルは、楽しんでいるままだから」




―――観客たちは魅了される、あまりにもアンバランスな姿勢で震える人魚の姿に。

落ちてしまうのではないか、心配でたまらないのに。

手で顔をおおい隠した心配性の観客たちでさえ、指のあいだから人魚の演技を見る。

レイチェルの腕と脚が思い切り伸びて、一瞬だけだが完璧な静止を成し遂げた……。




「すごい!!すごいよ、ロープの上で、あんな体勢!?」

「天井から、吊っているのか!?」

「吊っていたら、あんなにくるくる回れなかったでしょ」

「じゃ、じゃあ。技術だけで、あれをやっているのか……すごいな……ッ。大天才だ!」




―――拍手と喝采を受けながら、人魚はロープの上でぴょんと跳ねた。

身を捻りながら、ロープの上に『着地』する。

立ち直ってみせたのだ、高綱の上で拍手に応えるようにお辞儀をした。

観客たちは人魚の褐色の肌と、銀色の長い髪の美しさと礼法の所作に魅了される……。




―――若々しくて、実際に幼いほどの年齢と言える少女なのに。

あんな技芸を見せてくれたことが、観客たちの心を掴んでいた。

どれだけの鍛練を予想しただろうか、秘蔵っ子だと信じたはず。

まさかサーカスを見たのが、初めての子だとは思うまい……。




「すばらしい、鍛錬だ!!」

「演目ひとつに、どれだけの練習をしたのかしら」

「まだ、あんな若いのに」

「いい師匠に恵まれたんだ、もちろん彼女の才能も圧倒的だけど……」




「り、理不尽なまでの才能ですね……っ」

「そういうものよ。才能は、周りに尽くさせる。アーティストの『中身』まで、観客は理解するのは不可能なの。そうじゃなくちゃならない。見せるものでもない。観客の理想を演じるように、受け止めてあげるべきだわ。私たちは、とてもやさしい虚構なの」

「……わ、私も、そういう哲学を理解したい。衣装だって、きっと、もっと、奥が深いハズだから。研究したい。し続けたい」

「才能に遭遇すると、曇るときもあるけれど。こうやって、前向きな嫉妬も生まれるから、楽しいものよね!」




―――人魚は語らない、自己紹介すべきではないのだ。

動きで表現するべきだと、人魚はサーカスの文脈を嗅ぎ取った。

高綱を見た、使い込まれたそれらも。

観客たちも望んでいるのも、『鍛練』という意志の具現化だろう……。




―――失敗したら、成功を見せるべきだと信じた。

観客たちの声からも、伝わっているのだ。

努力して勝利する者の姿『も』、期待していると。

失敗の見せる残酷さから解放されたら、きっと喜びがあるのだ……。




―――努力を信じる男を見たから、よく分かる。

誰しもがあの必死な努力が報われるときを、待ち望んでもいるのだ。

それでも、誰しもが人魚のようには動けない。

あの男が百年努力したところで、人魚の動きにはまったく近づけない……。




―――だから、代わりに演じるのだと人魚は思った。

悔しさで泣いていたはずの男が、笑顔になれたのは。

自分の願いを、代わりに叶えてくれる者が現れたと信じたから。

サーカスの文脈は人魚に教える、「ここは現実/限界から解放される虚構の世界だ」……。




「虚構だけど、それだけに。救えるヒトたちが多くなるのね。現実では、やれないことを、アーティストたちは見せてくれる。それが見れたら、みんな、あの人のように笑顔を浮かべてくれるのね」





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