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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百七十三


―――遊びは文化に依存した、知的なくせにどこかあやふやな文脈の住人だ。

曲芸的な踊りをしても、人魚の社会は『強さ』として評価してくれる。

あの入江で飛んだとき、男はそれを『強さ』だなんて見なかったから。

涙を止める力が、これにあるというのならば……。




―――加速した、子供じみた素直なまっすぐさで。

高綱を張らせた大きな柱に向かい、激突するような速さのまま跳躍する。

「危ない!」と観客の誰かが『叫んでくれた』が、人魚に心配は無用だった。

柱には登るためのステップがついているけれど、人魚にはそれさえ不要なもの……。




―――軽やかなステップは、速さを帯びて。

引力の絶対性さえも引きちぎる、誰もが見たことのない現象がそこにあった。

柱の表面を7メートル以上も、『駆け上ってしまう』なんて!

そんな人間離れした軽業は、さすがに誰も見たことがない……。




「なに、今の!?」

「柱を、登っちゃったの!?」

「天井から、吊っていたのさ……っ」

「いやいや、そんな素振りはなかったような気がするぞ……」




―――観客たちは、目の前で人魚がやってしまったことに驚いた。

支柱を登るときの技巧は数多く、緊張感を釣り上げていくべき段階だけど。

サーカスの知識を持っていない人魚に、そこまでの事情はくみ取れない。

だから『きっと誰も見たことがないことをしよう』、と思っただけのこと……。




―――もちろん、人魚のパフォーマンスに驚いてしまったのは観客だけじゃない。

サーカス・アーティストたちも、その驚異的な身体能力に驚愕してしまう。

トリックがないのを知っているだけに、観客たちよりも驚きの大きさはあった。

あり得ないことを成し遂げてしまう者が、世の中にはときおり現れるものだ……。




―――その種の人物と出会いやすい環境が、サーカスの天幕の下にはあるけれど。

それでも、本当の大天才と出会えるなんて数十年に一度きり。

ただの身体能力で、しかも『さほど本気も使わずに』。

あんなパフォーマンスをやってしまうなんて、最高の天才にだけ許される……。




―――驚くし、アーティストらしく嫉妬もする。

自分と比べてしまうのが、才能で生きる者たちの悪癖ではあった。

歯ぎしりしつつも、うらやましがる。

地団駄を踏みながら、やがて気づくのだ……。




―――高みに憧れるのならば、自分たちの芸を磨くのが最短の道だと。

高みの支柱のてっぺんで、人魚は明るく子供じみた笑顔で両腕を振っていた。

観客たちからの反応を、全身で求めている。

海の流れが応えるように、観客たちは拍手と歓声を人魚にあたえていた……。




「さ、さすがは、レイチェル。柱を、登るなんて……ぎ、技巧も何もない。ただの、身体能力ひとつだ」

「す、すごい。うらやましい……っ」

「さ、さすがに、たまげた身体能力だな。あれが、人魚か」

「違うわよ。あの子だからね。人魚の全員があれをやれるとは、とても思えないもの。けた違いの天才なのよ。本物のギフトを、サーカスの神さまからプレゼントされたのか……あるいは、もっと……例えば、戦の神々かもしれない」




―――天才の目は、優れているものだ。

人魚に秘められていたのは、サーカスの才能だけではない。

生まれもっての武術の達人、二十年の努力をした達人でも彼女に敵いはしない。

圧倒的で絶対的な、殺しの達人でもあった……。




―――それでも、人魚自身はそれを望まない。

このときの人魚の心には、争いを嫌う心しかなかったから。

サーカスの天才であるだけのいたいけな笑顔で、観客たちから感じ取っていく。

「どんなことをして欲しいのか、教えてね」……。




「あ、あの、ロープを……渡るのも、早いのか!?」

「高綱って、棒でバランスを取りながらやるものだけど……」

「……も、もしかしてだけど。あの子、棒も使わなかったりして」

「い、いやいや。さすがに、それは危ないよ。落ちたら、ただじゃすまないし」




―――怖いもの見たさの心も、サーカスは抱き締めてあげる必要がある。

愉快なだけでは、美しいだけではサーカスが完成してくれない。

迫力のある、闇に棲んだ危険というものだって必要だ。

誰もが恐怖するほどの危険に打ち勝つ、すばらしい芸を見たがっている……。




―――親たちからはしかられたものだ、帆船のマストに駆け登るなんて。

危ないことだし、海の上の連中は野蛮人ばかりだから。

捕まえられて、奴隷商に売られてしまうかも。

つかまらないから、大丈夫……。




―――人魚の細くて長い足の指が、ロープに調子を問いかける。

どれだけの力に応えられるのか、どれだけの硬さがあるのか。

どれだけ弾んでくるものか、指で押し込み『音』で感じた。

人魚の感覚は、音から多くを嗅ぎ取れる……。




―――マストから張りめぐらされたロープよりも、力はなくて弾みやすい。

自由気ままに、扱えそうだ。

高さも『大したことはない』、大型帆船のそれに比べれば知れているから。

怖さはなくて、むしろ好奇心でいっぱいにしてくれる……。




―――優れた使い手は、道具と語らえるものだから。

サーカス・アーティストたちのアドバイスを、人魚は完璧に受け止めていた。

言葉を話すことはない道具たちにも、アーティストや道具作りの職人たちの。

心と態度が血と汗の努力といっしょに、込められているものだから……。




―――それを見抜けるのも、アーティストに求められる『視力』のひとつ。

物体からも言葉を聞いて、空間からも声を受け取れなくちゃ三流にもなれない。

海と語らいながら、人魚はなすべき芸を見い出した。

「自分にしかやれない動きを、みんなに見せてあげましょう」……。




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