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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百七十一


―――たとえ、私が飛べなくなったとしても。

たとえ、誰にも見向きされないようなおばあちゃんになったとしても。

どんな天才たちに、追いつけなくなっていったとしても。

それでも、私はこの場所を抱きしめて放したくないの……。




―――彼女の願いが、海のどの裂け目より深いものなのか。

人魚の娘はまだ知らないままだ、それはサーカスを知らない者には理解はできない。

誰かの笑顔のために汗を流し、誰かの笑顔のために血を流す。

魂さえも差し出して、人生のあらゆる時間を技巧の鍛練に費やす……。




―――あらゆる要素の、たった一つずつでさえ。

逃げ出したくなるような苦痛を伴うものであり、それがどうしてそこまで愛せるものか。

職業人だけにしか分からない、途方もない喜びがあるものだ。

その深さまで、傷つきながら進んだ者しか得られることはない……。




「お、お待たせしました!!これ、これです!!きっと、サイズは大丈夫!!ちょっと、あちこち縫って留めるから、すぐに着て!!」




―――代役のために仕立てられた衣装も、どうにか間に合った。

似た体形のアーティストの衣装に、きらびやかな生地を無理やりにツギハギしたものだ。

近くから見れば、やや粗が目立ちはするが。

観客席からの距離なら、それは些細なものだった……。




「衣装なんてね、飾りだから。ちょっと、派手になり過ぎちゃったけど。たぶん、きっと。貴方なら大丈夫よ」

「そうそう。衣装に着られてしまうような才能じゃない。もっと、大きなもの。それにね、この子の衣装合わせの才能は、ずば抜けているから安心して。この天幕の明かりの下では、貴方の肌と、完璧な調和をもたらすから」

「こ、光栄です。でも、きっと。はい。そうなる。私は、げ、芸の腕はそこまでじゃないから。それでも、ここにいたいから、縫い子の技巧だけは、誰にも負けたりしない。才能よりも、努力です。勉強したんだ。だから、あとは、お任せいたします」

「ええ。とても、ピッタリ。動きをまったく邪魔しませんね。どんな仕立ての魔法があるのか……そう、才能と、努力の合わせ技なのね」




―――サーカスに、捨てられてしまう子もいるものだ。

彼女はそんな子供たちのひとり、親がこの場所に置いていった。

先代のリングマスターが拾って、そのまま居つくことになる。

最初はさらわれた気持ちになっていたが、ちゃんと愛されていた……。




―――新しい家族のために、彼女はがんばっていたけれど。

それでも天賦の仕立ての才が、舞台に必要な力を与えた。

行き場所がない状態から始まったけれど、今は自分の意志で選んでいる。

サーカスは大きな家族だ、誰かがケガしたときは誰かが代わりにがんばる……。




「私は、綱の上で跳んだり跳ねたり、ぜんぜん下手なの。高いところ、怖い。吐きそうになる。目がくるくる回ってて、そんなに美人でもない。短足だし。腕の長さも、足りない。花にはなれない。でも、貴方にはあるの。お願い、私の家族を、助けて!」




―――必死な目をしている者を、何度も見る夜だった。

人魚はこの大きな家族の仕組みを、またひとつ理解する。

誰もが完璧な才能を持ってはいないからこそ、天幕の下で身を寄せ合うものだ。

どうにもくすぐったいほどに、必死な温かさを人魚は感じる……。




―――夏の海の底で、おだやかであたたかな流れに乗って眠っているときみたいに。

家族を感じられる、この天幕の下はやはり海のなかに似ていた。

あらゆる者が、集まっている。

涙をぬぐう目に、人魚は微笑みで答えた……。




「ありがとう。またひとつ。理解が出来たわ」

「うう。頼みます。芸術の神々に、祈っているから。お願い」

「このサーカスが、大好きなのね」

「うん。大好き……っ。みんな、すごく。がんばっているの。ライバル同士でもあるけれど、仲間で、家族だ」




―――ああ、なんて。

心地良い言葉なのだろう、なんて心のこもった言葉なのだろう。

海より大きくて、海よりたくさんで。

みんなが誰でもない人たちの笑顔のために、力を合わせようとしている……。




「すべてが、愛おしい。こんな場所は、他にはないのよ。さあ、貴方の番だわ。観客たちは期待してもいるし、きっと、初めて見る貴方を拒絶するでしょう。光は強まり、闇は飲み込もうとせせら笑う。舞台は、とっても怖い場所でもあるから。だから、困ったときは、誰かを想って。そうね。あのピエロでもいい。きっと、それだけで、上手くいくから」

「……はい。貴方の代役を、果たしてみせます。少しだけ、ほんの少しだけ。貴方たちが背負っているものが、私にも伝わりましたから。ここは、とても……愛おしい場所なのね」

「その通り。さあ、楽しんできなさいな」

「ええ。楽しんできます」




―――あらゆるサーカス・アーティストは、試され続けるものだ。

芸の場にあるとき、誰しもが人格までも品定めされる。

理不尽であり不躾で、残酷な欠点探しの視線の雨あられ。

そのようなまとわりつく質量を伴う緊張感のなかに、進まなければならない……。




―――それでも、多くの場合は手助けがある。

最初の一歩は、誰しも大目に見てもらえるものだ。

だが、今宵は少しばかりイレギュラー。

天才の初舞台には、試練が多目につきまとうのも運命だった……。




―――誰もが、子狐を求めていたわけじゃない。

見たかった者は、別人だ。

ルーキーではなく、美しく熟練の技巧のベテランを待ち望んでいた。

その期待をわずかに裏切りながら、人魚は初舞台に立たねばならない……。




「や、やれますかね。こんなプレッシャーのかかる初舞台で」

「やれるわ。あの子は、とてもおだやかで、落ち着いているもの。本当に、楽しめているのね」





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