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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百六十九


―――『欠けている部分』が、意地悪な演技をするために。

観客たちの前に出て行った、『ちいさなきつね』の文脈を作ろうと。

何とも必死になって、威張り散らす演技をしてみせた。

他の演者たちの邪魔をするようにして、あえて観客から敵意をもらう……。




「ピエロの仕事には、色々とあるもんだよ」

「あんな風に、嫌われることもですか?」

「その通り。誰もが好かれるべきではないときもあるんだ。損な役回り見えるかもしれないが、あれは、何とも周りのアーティストたちにはありがたいときもある。引き立て役でもあるし、いわば、メトロノームのようなもの」

「リズムを、調整する」




「その通りさ。物語というものは、緩急をつけるべきだ。感情の山あり、そして谷あり。メリハリでもいいが。とにかく、単調なリズムというものが舞台を支配していると、アーティストには息が詰まる。さっきよりも、より面白い芸をしないといけない……そんな風になると、キツイ。演技をより良く見せるためにも、ああやってリズムを変えてくれる者がいる」

「……ふむ。ですが、彼は……それほど上手く、やれているのでしょうか?」

「痛いところを突くよ。ああ、そうだね。あいつは、今まさに六十点というところだ。甘めの採点でな。もうちょっと、イタズラな要素があればいいいんだが。生来のマジメさが出ちまっている。難儀なものだ。会計士あたりには向く素養かもしれないが、サーカスの天幕の下で生きるときには、ちょっと足を引っ張る性格でもある」

「それでも、今は六十点ということは。彼は、とてつもなくがんばっているのですね」




―――男は笑いを取れていた、無様で身の程知らずの意地悪な悪役。

それをどうにか演じている、普段の彼なら三十点がいいところ。

それでも、状況が救ってくれていた。

観客は先ほど花形の下敷きになって、花形を『さらった男』だと覚えていたから……。




―――「我々の楽しみを返せ」、「邪魔するんじゃないよ!」。

突き刺さるような冷たさの言葉は、並みの芸人なら心を壊されてしまうもの。

だが、男はむしろ喜んでさえいる。

自分の役目をどうにか果たせていると、理解しているからだ……。




「なんだか、痛ましいけれど。でも、すごく……彼は満たされているのね。私のサポートを、していると信じているし、それが、結果として……あの人が幸せにしたい人たちを、救ってあげることになるって」

「その通り。なんだか、ずっと長いあいだ。一緒に連れ添った連中みたいな理解力だな」

「どうでしょう。そうかも、しれない。でも、彼の願いは、叶えてあげたくなる」

「ヤツほど、観客の幸せを必死に願える者を、オレは知らない。それだけで、どんなつまらん芸しか持っていなかったとしても、消えろ、とまでは言いたくないね」




「それは、きっと。得難い力ですね。地上は……もっと、はげしくて。奪い合っている。誰かに、無償で与えるようなコトもしなければ、彼ほど……周りを信じようとしている者はいない。彼に、聞きたくなる。そんなに、サーカスの観客というものは、愛おしくて、尽くせるような存在なのでしょうか」

「人によって、その問いの答えは断るだろうが。あのバカなら、言うだろう」

「『そうだよ、だって彼らの笑顔を見てごらん』」




「ハハハ。本当に、長年のパートナーか何かか」

「二時間前に、出会ったばかり」

「だろうな。どこで?」

「海岸でね。泣いてたの。彼、何だか自分が嫌いになりそうだったみたいで……私は、海から星空に飛んであげたら、不思議なことにサーカスを見て、ここにいるわ。ああ、私、人魚なの」




「人魚、かい。伝説の種族。噂どころか、伝説でしか聞いたことがないが……いたんだな」

「いるわ。数は少ないけれど。平和で、停滞した世界のなかで、閉じた日々を過ごしている。私は……もしかしたら、彼に会うために、海から出たのかもしれない」

「運命を信じられる相手は、貴重なものだ。長い人生でも、数人にしか会えないからね。君も、あいつにそれを感じてやれるのなら。あいつの下手くそな六十点の演技を見てるといい。あいつに技巧はない。だが、あいつには努力が作り上げた完璧な知識と、精一杯に詰め込んで破裂しそうで、どうにも空回りしている経験値ってものがある。それらは、運命的なことに……」

「私に、足りていないわね。だって、私は初めてサーカスを見たのだから。知識もなければ、経験値もない。空っぽだ」




「そう。空っぽだからこそ、よく入るもんだ。今このときが、人生最大の吸収効率ってわけだ。その瞬間が、よ、よりにもよって。あいつだってんだ!」

「笑えることですか?ミスター・リングマスター」

「もちろんだ。これほど、凸と凹が噛み合うような事態はねえだろう。君は一目で分かるほどの天才だ。だが、あいつはその真逆だ。天才じゃないから、天才には見えない世界をたくさん知っている。あいつは、自分を表現しきれねえド下手くそだが、その代わり、誰かのためにがんばろうとする。それは、このサーカスの天幕の下では、生存競争には向かないものの、天才よりも稀有な存在なのは確かだぜ。それを、学べるんだ。これほど、面白い状況をオレは知らない。どこまで、『君ら』が伸びるのか。見ものなんだよ」




―――大いに嬉しそう、まるで大勝負前のギャンブラーみたいに。

何か大きな実りか、それとも破滅的な失敗が怒る予想のなかでこそ。

緊張感のある喜びは、生まれて出でるものだから。

これほど彼にとって、幸せなことはないのだ……。




「さて。我々の、ミスター・メトロノームくんが、十分に場を作ってくれた!リタルダンドってところだな!見せ場に備えて、動くぜ!打ち込め、テメーら!」





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