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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百六十八


―――リングマスターは心が躍る、リスクも承知してはいたが。

観客はなんとも残酷で、サーカス・アーティストの心をくじくヤジも飛ばす。

目当ての花形が代役を立てたと知れば、怒鳴り散らすかもしれない。

そうなれば、百点満点のパフォーマンスであっても満足してくれないものだ……。




「罵声を浴びせられたことは、ないだろうな」

「もちろん。ありませんね」

「サーカスの観客ってのは、そういうのも浴びせてくる」

「黙らせる方法は、あるのでしょうか?」

「あるとも。想像がついているんじゃないか?」




「圧倒的な力で、黙らせればいいだけ」

「その通り。単純明快だが、実際のところ、かなり難しいもんだ。罵声を浴びせられても、気にするな」

「まあ、気にしないと思います」

「いい肝っ玉だぜ。それが、やれるのであれば……次のステップがある」




「どういうものでしょうか?お聞かせいただきたいです」

「観客の罵声でも歓声でも、何でもいい。声を聞くんだ。声の向こう側にある、『態度』ってものを感じ取るようにする」

「態度、ですか」

「育ちの良い君は、その種の力学を感じ取れるだろう。貴族のたぐいは、生殺与奪の権利を幼い頃から行使するものだ。分かるかい?自覚は、あったか?」




「確かに。少しばかり。傲慢であったかもしれません」

「それは社交にとってはともかく、芸術にとっては、とても良いことだ。君の武器だよ。こいつのように、下っ端が染みついちまっている男とは真逆に、天性のスターという者は、横柄で、傲慢だ。才能は、周りを従わせちまう。そういうものなんだ」

「分かりました。傲慢さで、上手く感じ取るとしましょう……ここに集まった方々の、態度というものを」

「言葉とは裏腹のものもある。何なら、沈黙で態度を押し隠すことだって、観客という生き物はやってくるんだ。それらから、態度を読み取り……アーティストってのは、自分を注ぎ込むように行動しなくちゃならない」




―――芸術の理論というものは、いつだって難解さはあったけれど。

人魚にはリングマスターの言葉が、しっくりと感じ取れた。

才能があるということは、どこまでも理不尽なものだ。

百年の努力も、真の天才の一分間に及ばないときもある……。




―――芸術の理論の多くは、体験だからだ。

感じ取る能力が低ければ、読解のための時間は長大なものとなっていく。

その個人差は、とてつもなく広いものだ。

そのうえ、これがまた難しいことに……。




「芸術というものに、我々は命を懸けている。人生を捧げ尽くしているんだ。それでも、なお。この芸術というものは、一種の『くだらなさ』が必要だ」

「くだらない、ですか?」

「その通り。とくに、サーカスのそれは、『くだらなさ』が足りているべきだ。観客は完璧なものを見たいわけじゃない。見たがっているフリもするし、自分だって完璧を見たいと信じたがっているけれど、実際のところはそうじゃない……『オモチャ』だ。『オモチャ』を思い浮かべて欲しい。あれらは親しむための『足りなさ』がある」

「たしかに。どこか、滑稽なものですね」




「『オモチャ』はね、子供たちという観客に、すり寄るような態度がある。完璧さではなく、足りないからこそ。子供たちは想像力を掻き立てられる。完璧な美を作るんじゃない。どこか、粗削りさや、空虚さ……そういう、完璧からやや欠けた何かが、味になる。オレは、そいつを何かしら名づけてみたいんだが……いい名前が、まだ、思いついちゃいない」

「奥義のような、ものですね」

「そうだ。完璧じゃない。観客たちの態度を感じ取ってくれ。観客たちのなかにも、誰一人だって、完璧な者はいない。彼らの欠けた部分と、君が欠けさせた部分が、つながるように。意識してみてくれ」

「ええ。やってみますよ」




―――リングマスターがあれほど多弁になるのも、久しぶりなことだ。

男は驚きつつも、どこか納得している。

人魚の才能に、リングマスターは惚れ込んでいるのだ。

まだ演技を見てもいないのに、才能を見抜けてしまう……。




―――大した才能を持たない者に共通する、不安感が男の心に浮かんでいた。

劣等感だ、自分の周りにいる本物のアーティストたち。

才能ある彼ら彼女らと比べたとき、自分は欠けた部分が多すぎる。

人魚に分けてあげたいが、彼女の才能を汚染してはいけない気がした……。




―――それでも、『不完全ながらの美しさ』みたいなものがあるとすれば。

自分の欠点が人魚の力になることさえ、あるのかもしれない。

そうだとすれば、嬉しいけれど。

それを確かめる術は、今のところ彼の手元にはなかったから……。




―――ほほを叩き、気合いを入れる。

集中するのだ、過剰なそれは視野をせばめもするけれど。

不器用な芸人である自分には、十分だ。

やるべきことは数少ない、ピエロとして舞台に出た以上は……。




「もう一度、ピエロとして……『つなぎ』を持ってくるだけ」

「その通りだ。しくじるんじゃねえぞ!」

「は、はい!レイチェルが、やってくれるんだから!!ボクも、失敗はできません!!」

「……ウフフ。なんだか、気合いが入っていて。可愛いですね」




―――緊張のせいで、引きつった顔だったけれど。

どうにか微笑みとウインクをしてみせる、余裕ぶりたかったものの。

酷評され続けた自分の芸が、今このときに通じるものか分からない。

まして演目が変わったと、ばれてしまうのならば……。




―――自分のせいで、人魚に負担を背負わしてしまうかもしれない。

観客の空気は、今のところ最高だ。

どうやって、ピエロの登場で『つなぐ』べきなのか。

考える考える、感じ取れるほどの才能がないなら考えるしかない……。




―――努力は知識を積み重ねさせるものだから、男に策を与えてくれるときもある。

男がそのとき思い出せたのは、『ちいさなきつね』という昔話だった。

子狐が母狐を騙したケガをさせようとした罠漁師に、いたずらで復讐する物語。

この土地ではどんなちいさな子供たちだって知っている、有名なものだった……。




「レイチェル、ボクが観客に罠を仕掛ける意地悪なピエロの役だと思われるから。君は、ボクを思い切り蹴飛ばしてから、演技に入るんだ!」

「おお。そいつはいい作戦じゃねえか。『ちいさなきつね』のかたき討ち。母親狐の代わりに、若い子が演じると」

「若い子って、言い方は腹が立つけれど。いい作戦ね。私は、まだ若いけれど。母狐になってあげるわ」

「……ふむ。なんとなく、読めましたので。貴方のお尻を、いいタイミングで蹴りつけるとします」




「思い切りだよ!手加減があっちゃ、それだけ流れが悪くなるからね!ボクは、意地悪で憎まれるべき悪役ピエロで、君はちゃんと復讐をしないといけない。みんなを、笑顔にするためには、これが、きっと、いちばんだ!!」

「……自分を、悪者にしてまで、サーカスをしたいんですね」

「あ、ああ。まあ、そうだね。みんなと、やるから。ボクが、足りないなら。君や、みんなが……」

「ふむ。なるほど」




―――『欠けている部分』があった方が、きっと人は引き込まれるのだ。

その理屈をまたひとつ、人魚は読解することがやれた。

頼りないけれど、必死でがんばろうとする努力家の男を見ていると。

ずいぶんカッコよく見えたからで、それはきっと彼の態度に秘めれたもののせい……。




「サーカスが、大好きだからね!!お客さんたちを、笑顔にしよう、レイチェル!!」




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