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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百六十七


―――ふたつ前の演目が終わり、おっかない顔でリングマスターがやってくる。

大柄な顔で、いかにも怒鳴るのが得意そうな男だったけれど。

人魚のすがたを見ると、すぐさま大きな目を見開いた。

この男は武術の達人でもあったし、目の肥えたサーカスの長だからね……。




―――とてつもなく見る目はあった、女芸人に諭されるまでもない。

人魚の姿勢を見るだけで、その身体制御の完璧さがよく分かったのだ。

ありえないことだが、ありえないことを探し求めて集めたのがサーカスでもある。

たったの一目で感じ取れることが、この空間には数多く転がっていた……。




―――あれほど美しい背骨を見たのは、西の果てで出会った舞踏家だけ。

演技を見たときは、もう70才近くの老婆であったけれど。

あの舞踏家の背筋は完璧であり、それは演技が始まったときにさらに深まる。

何という美しさだったのか、踊るために生まれた肉体だと信じられた……。




―――それと瓜二つの背骨が、すぐ目の前にあった。

多くの説明を必要としないのは、当然である。

サーカス・アーティスト人生で、最高の背骨を見たのだから。

しかもあのときの舞踏家と違い、踊ってもいないのに完璧だ……。




―――あの舞踏家の全盛期のすがたを想像して生ききて、いつも期待外れのため息だ。

それが今は、そのため息が出やしなかった。

どれだけの『天才』たちの演技を、目の当たりにしたとしても。

やっぱり、最も優れた存在と比べてしまえば失望するほかにない……。




―――理不尽なまでの願望、この世ではおそらく叶うことのない夢。

そういったものが、最高の存在というものだった。

踊るために生まれた最高の肉体が、すぐ目の前にいる。

リングマスターを説得するための言葉は、とても短くて済んだ……。




「彼女が、私の代役になる」

「そうか。分かった」




―――男はリングマスターが、そのやり取りだけで満足してくれるとは思わなかった。

このリングマスターは、かなりのケチで心がせまい男だったから。

下手くそな芸を見ればもちろんだが、素晴らしい演技でも鼻で笑うほど。

男もどれだけけなされたことか、ほとんどのアーティストがそうだったのに……。




「本物の才能というものは、周りを従えさせるもんでな!」




―――才能という分野で生きる者には、嫉妬と羨望と尊敬が入り混じっている。

誰もが恐れながらも、出会いたがっているものだった。

自分たちを軽々と凌駕してしまう、とてつもない才能に。

山脈や星々や大海ほどに例えられる、歴史的な天才と出会いたがった……。




―――そんな才能に仕えるのであれば、このリングマスターは文句を言わない。

惚れ込んだものには、何よりも弱いという素直な美徳を彼は持っているから。

そのために生きてきた、そのためになら多少の破滅だっていとわない。

豪快だとは彼自身は思っていない、とてつもなく繊細なのだと信じている……。




―――命を懸けたビジネスをやれる者は、いつだって細心の注意を払いながら。

堂々とした決意のもとで、全てを判断しているだけ。

これほどの生き様のどこが、ガサツなものなのか。

このシロウトの娘が大失敗して、どれだけの大損が生まれるかなど……。




「些細なことは、考えんようにしている。繊細な男だからね、ワシは」

「そ、そうでしたっけ。けっこう、細かいし……」

「おい。下手くそ。今度こそ、クビにしちまうぞ。さっきのピエロは何だ!もうちょっと笑える動きをしろよ!あれじゃ、犯罪者の動きだ!ユーモアが足りねえ!」

「す、すみませんっ!!理論はアタマに入っているのですが」




「理論なんてものは、考えて使うもんじゃねえ。肌だ。血と肉に覚えさせるもんだ。そうじゃなければ、遅くなる。考えないでいれば、本当に考えるべきことに心が使えるんだ!」

「は、はいっ。そうなるように粉骨砕身の覚悟で、やらせていただいております!!努力、しまくっていますう!!」

「努力なんて、どうでもいい。結果がいるんだよ、プロにはなあ」

「は、はい……」




―――塩漬けしたお野菜みたいに、男はたったの十数秒でしおしおになった。

人魚はその様子が面白くもあり、ちょっと庇ってあげたくもなる。

人生で一度も物怖じしたことのない人魚は、巨大な筋肉のカタマリの前に立つ。

男が心配してしまうが、人魚はお構いなしだ……。




「『とっても、期待しているんですね。このひとに』」




―――男にとっては寝耳に水であり、リングマスターにとっても同じこと。

身体操作の達人は、心理操作の達人でもあるからね。

リングマスターは自分の心理の全てを、理解していると思っていたのに。

実際のところ、そういうわけではなかったようだ……。




「たまらんね。オレは、こいつにそこまでの期待なんざ、しちゃいない」

「そうでしょうか?それでも、信じているでしょう。私を、見つけ出したのが誰なのか、貴方にはもう分かっている」

「……そいつだろ。そいつが、どこかで君を見つけてきたんだ。どういう経緯かは知らない。聞きたくもないし、興味もない。興味があるのは、君の、身体能力だけ。ああ、あとは、美的なセンスだとか、演技力だとか……あとは、『生まれ』もかな」

「『生まれ』ですか。なるほど、『偉そうな方がいい』でしょうか」




「まあ、言葉が足りねえカンジだがよ。その通りだな。花形ってのは、星だ。スターだ。王さまや、女王さまみたいなもんでね。威風堂々とした態度でなければ、務まらねえ。これはね、本当に……育ちがいいヤツが、かーなり得意な分野なんだよ」

「ちいさな集団ですが、その集団の内部では、代々、一番です」

「それなら、打ってつけだ」

「分かっていたんじゃないでしょうか。貴方に、こうやって近づいたときから」




「そうだなあ。その通りだ。君は、ほんとうに不思議だよ。まるで、女王陛下だ。どうして、それほどまで堂々としていられるのか。まったく、たまげている。今から、あそこに出るんだぞ。サーカスだ。大勢の観客が、君に期待しつつ、どこか意地悪な者は、冷酷な批評家目線で、君の一挙手一投足をけなしてやろうと意識を研ぎ澄ませてやがるんだ。あそこは花畑のように美しく楽しいが、毒蛇と毒蜂と毒蜘蛛の巣窟だよ」

「きっと、私は楽しめる」

「だろうな。そこまでの肝っ玉が、生まれついての持ち物なら。どんなときでも悲鳴を上げることさえないだろう」




―――そうでもなかった、人生で一度だけ悲鳴を上げてしまったから。

殺された愛は、どれだけの重さがあるのか。

そのときはまだ、人魚の小娘は理解しちゃいなかった。

その悲鳴を上げさせた唯一の男が、急かすように言った……。




「と、とにかく!作戦会議をしましょうよ!レイチェルが飛んでくれるなら、それをリングマスターが許可してくれるのなら……ボクたちは、チームです。最良のアドバイスのために、残りちょっとの時間を使い切りましょう!お客さんのために!!」




「こういう健気なところが、貴方を気に入らせるんですか?」

「どうだかな。まあ、そんな些細なことより、本題に入ろう!」




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