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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百六十二


―――努力の道は、恐ろしいものだ。

尖った行いには限界があるが、土臭い努力はまろやかで終わりが見えない。

才能の花が咲いて散りゆくだけならば、なんて簡単な人生だろう。

咲く花もない枝に、後天的な努力だけで花をつけようと藻掻くことに比べれば……。




―――男は間違いながらも努力を続ける、正せる間違いは正しながらも。

どれだけの虚無に襲われるか、間違いに気づいた瞬間に。

それまで達成したと思い込んできたものが、一気に丸ごと瓦解してしまう。

滑稽なまでに、みじめな気持ちになれたのだ……。




―――せめて笑いが起きればいいけれど、あまりにも痛ましければ笑いも起きない。

笑いは解放感だから、光を吸い込むような暗がりの笑いには誰もが同情しか与えない。

男は自虐の才能もないことに気がついて、ふらつきながらも立ち上がるだけ。

また終わりなき努力を続けるために、それ以外の道を選ぶ力は彼にはないから……。




―――挫折の傷口は、男を成長させてはくれる。

気まぐれな才能ではなく、ただひたすらに純粋な知識の量が身についていた。

記憶が語りかけてくれる、この衝動の理由が何だったのか。

導く者になればいい、星になれないなら星を集める役目なのだと……。




―――悔しいけれど、それも立派な役目じゃないか。

自分は星になれないヒトデのようなもの、海に打ち上げられて誰にも知られないまま。

ただ朽ち果てていくのかも、自分は本当にこの役割をまっとうできるのだろうか。

それは人生の終わりの瞬間まで、誰にも分らないものだった……。




―――有限の人生を、ひとつの行いに捧げ尽くすことがどれほど恐ろしいものか。

その苦しみは、試してみた者以外に分かりはしない。

想像を絶する心細さの道を、迷わずに進むなんて正気の者がやれるとでも?

苦しみ抜きながら後悔と不安が積み重なっていく、有限の命を無駄にしていないか……。




―――だから、誰もが男に聞いたのだ。

「どうして、そこまでがんばれるのか」と。

男は最初のうちは明確な答えを持っていたが、やがてだんだん分からなくなる。

才能の光があれば、これだけ暗くて泥沼のような道でさえ……。




―――かがやく答えが、神さまみたいに背中を押してくれたのかも。

一切ない、まったくない。

神々から嫌われ尽くしているかのように、何の恵みも慈悲もない。

怖くて心細いから、非才の自分を嘆いて泣いた……。




―――銀色の浜辺を歩く、絶望の重さに壊れてしまいながら。

限界というものを、狂った者でも感じ取れるときもあった。

つい先日、自分の師匠であった老アーティストも亡くなったばかり。

託されたのだが、受け取り方がまだ分かっちゃいない……。




―――孤独な道は、いつもより重たくて。

体も腕も首まで重い、どうやって支えればいいのかどうやって背負えばいいのか。

助けを呼ぶための師は死んで、逃げる道などありはしない。

戦うための手段も、潰えて消えたのだ……。




―――どうすればいいのか、分からなくなって。

男もさすがに銀色の砂浜で、膝から崩れ落ちてむせび泣く。

あわれでみじめで弱っちく、それでも何か偉大な夢を胸に秘めて。

ただ絶望に、泣きわめいた……。




―――誰かに聞かれる問いかけに、今では答えは行方不明。

正しい道だと信じるための根拠が、どこにあったのか思い出せもしない。

怖くて、さみしくて。

どこまでも広いはずの世界に、たったひとりでいるみたいな気持ちになった……。




―――『何にも持っていなかった』ような気持ちになって、人生に反逆される。

自分のしてきたことの全ては、おそらく間違いであって。

取り返しのつかない恥じを、ただただ無意味に背負っていただけ。

笑われもしないほどにみじめな道ならば、道化の役回りさえ役不足……。




―――自らの存在の軽さに殴りつけられたとき、誰しもがあまりに悲しくなった。

むせび泣くほかに道はない、才能の道の終焉に訪れるのは。

いつだって、この種の悲劇だけ。

星のない夜よりも、ただただ暗い絶望の闇が広がるものだ……。




―――命を絶つような、苦しみだった。

それでもいいかもしれない、もう笑顔にはとてもなれそうにない。

苦しいだけならば、生きていても。

男は心の底からの涙でむせぶ、愉快な衣装を身につけたままで……。




―――人魚は、そんな彼を不思議に思いつつ。

どうにか慰めたくて、海を泳いだ。

深くへと潜り、その身に浮かび上がるための力をため込んで。

理由も気づけないまま、高く星かがやく空へと舞った……。




―――星と並んで空に踊る、うつくしい人魚の娘を見たときに。

男はちゃんと思い出す、絶望に打ちひしがれたとき。

サーカスの幻想は、現実と戦う力を与えてくれるものだから。

星に踊る人魚を見れば、すべての記憶に意味がつながっていく……。




―――銀の砂浜から立ちあがる、たくさんの記憶を踏みしめながら。

歩くのだ、海の波によろけながらも。

涙で目を、うるませながらも。

本人だって気づいていない、太陽みたいに明るい笑顔で……。



「ボクといっしょに、サーカスをしないかい」




―――男は、そのために生きてきたのだ。

才能のプレゼントは持たされていなかったとしても、誰かを喜ばせてあげたくて。

生きるための力を、誰かにプレゼントしてあげたくて。

星と海のあいだで、銀色の砂浜のうえで……。




「生きていくべき理由を、私の夫は見つけたのです」





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