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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百六十


―――男は喜んだ、自分の人生を費やすべき使命と出会えたという自覚は。

心に何よりも大きな幸福感をもたらしてくれる、自分は芸人として生きるのだ。

不器用ながらも自らの道をあきらめない、ただひたすらに技巧を研ぐ。

練習の果ての練習、たゆまない努力が何かを成し遂げるものと期待した……。




―――あらゆる者に、才能が与えられているとは限らない。

老アーティストの思っていた通り、男の才能は弱々しいものだった。

どれだけ焦がれても、叶わない願いがあるとき。

百人中の九十九人があきらめて言い訳をして、逃げ出してきた……。




―――どいつもこいつも、その程度のものだ。

夢に挫折したぐらいで、裏切られたぐらいで。

あれほどうらやましがっていた道を、あっさりとあきらめてしまう。

体が痛いのです、もうこんなに覚えられません……。




―――芸の道はあまりにも厳しく、理不尽なまでに才能がものを言った。

挫折は多く、才無き者はもちろん才ある者も消え去っていく。

多くの夢が犠牲となって、生贄で完成する儀式のように一握りが残った。

芸人たちは悲しみに、呑まれながらも教訓を歌に残す……。




―――あきらめるのも、才能なのだと。

戦い続けることほど、苦しい道は他にない。

才能に裏切られた者も、才能に押しつぶされた者も。

多くの者が道に敗れ、多くの者が道を捨てた……。




―――老アーティストは知っている、それは当然のことなのだと。

彼がまだ若い頃からそうであり、生まれる前よりそんなものだ。

才能は残酷なもので、あろうがなかろうが捕らわれた者を苦しめる。

芸術には確実な答えなど見つからず、誰もが必ず苦労するのだから……。




―――夢への執着は、大きな苦しみでしかない。

その種のあきらめを抱いてしまうのは、あまりにもしょうがない結末だ。

誰しもが、苦しみに満ちた道から喜びを見つけ出せるとは限らないから。

多くの者が挫折して、嫉妬に狂って天幕の下から去っていく……。




―――老アーティストは知っている、この男はあまりにも才能がなかった。

誰からも相手にされないほど、無様なまでに下手くそだ。

知っている、それでも瞳に宿った何かの気配のせいで。

見捨てる気にもなりはしない、知識を託すべきは才能などではないからだ……。




―――「お前はおそらく、あらゆる芸の道で敗北を喫するだろう」。

「才能はお前の期待に応えてはくれず、いつでもお前を裏切りつづけるのだ」。

「誰よりも、この道に試されることとなる」。

「いくらでも泣くことになるだろう、どれだけの涙を流すのかは見通せない」……。




―――絶望的な通告であったとしても、男はあきらめなかった。

泣きながら、手の豆をつぶした。

痛みにこらえて、喜劇の動きを体に叩き込もうとする。

男よりも先に、この道に入っていたほとんどの者が男に同情した……。




―――だが、男はいつまでもあきらめることを知らない。

あきらめるという道は、あまりにも甘美であるのに。

あきらめたら楽になれるとしても、男はそれを認めない。

食いしばるのだ、痛みと後悔に耐えながらでも……。




―――多くの者が道を去っていき、男の目はそんな仲間たちを見送り続けた。

証明できたことは、たったひとつだけ。

誰よりも才がなかった男だが、誰よりもサーカスを愛している。

この愛は男に、ゆっくりとだが贈り物を授けていた……。




―――ケットシーの曲芸、巨人族の怪力芸。

ドワーフの手品に、エルフの早業。

それらは才能だけでなく、演出とトリックに補強されているものだ。

男は彼らと共に過ごしながら、その動きを己の記憶に書き込んでいった……。




―――老アーティストは、男に教えてやる。

「お前のなかに、サーカスの技巧の記憶が出来始めたのだ」。

「達人たちのそれを、お前の才では再現することは不可能であったとしても」。

「知識として理解し、解釈を与えてはやれる」……。




―――「私の知識を伝授しよう、お前は一流のアーティストにはなれないだろうが」。

「お前の愛情は、知識に本物の芸への道をしめしてくれる」。

「指導者になるのだ、お前の苦しみと努力の日々はムダではない」。

「誰よりも苦しんだ者だけが知れる、喜びの深さもあるのだ」……。




―――「才能はよく裏切るものだが、真の知識は裏切ることはない」。

「知識をその身に刻むがいい、それがお前をこの道とつないでくれるだろう」。

「誰よりも上手いアーティストになるのではない、誰よりもアーティストを導く者になれ」。

「それは今までよりもはるかに苦悩する道となる、逃げたいのならば逃げていいが」……。




―――愛は選びもするが、縛りもするものだった。

「愚問であったな。お前は、この道を選び、自ら縛られている」。

「記憶を、使い尽くすように」。

「あらゆる種の芸術を網羅しようという試みは、地獄だが何よりも楽しくもある」……。




―――「お前に見出した、才能はたったの二つだけ」。

「サーカスを愛することと、あきらめられない芸術への衝動だ」。

「非才であろうが、嫉妬に狂おうが関係はない」。

「お前はその二つの非凡なる特性のまま、知識を追いかけるのだ」……。




「地獄の道は、さらに苛烈な日々へと変わる。指導者の道は、あまりにも辛い。才無き者には、特別な苦痛がある。それでも、彼は愛ゆえに。自らその苦難の道を選んだ。殉教するような尊さにあったのは、自己満足ではない。ただ多くの人々に笑顔を。たったそれだけで、過酷な道へと笑顔で進む」




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