第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百四十六
「マジで、二頭もいるのか……竜が……しかも、え……あの黒いヤツよりも、強いって言うのか……」
「怖がらなくてもいいっすよ。やさしい子のような気もするっす」
「気もするってのが、なんだか、怖いというか。信じられない言葉なんだけど……」
「まあ。戦場で遭遇すれば、全力で戦う羽目にはなると思うっすね。お気をつけて」
「キツイな。あれが、二頭もいると思えば……」
「帝国軍が、勝てないって思っちゃうっすか?」
「……少しね。あの恐怖を浴び続ければ、耐えられねえよ。あの咆哮の夢を、見る」
「怖い目に遭わされちゃうと、それから抜けられないものっすからね」
「あのときは、敵でもなかった。だからこそ、オレは、ちょっとはマシなんだろう。そんな、マシなオレでも、恐怖が……情けない」
「いえいえ。ゼファーちゃんたちは、ちょっと怖いっすから」
「ちょっとじゃ、ないだろうに……」
「とっても、良い子っすよ。帝国兵しか、食べません!」
「オレ、帝国兵なんだけど」
「あ、ああ。すみません。ゼファーちゃんは、記憶がいいから。きっと、キートさんを覚えているハズっすよ。だから、戦場で殺されそうになったら……武器を捨てて、助けてって叫んでみればいいかも」
「そのまま、あいつの背中に乗った竜騎士に、矢で射られない?」
「ソルジェさまは、ゼファーちゃんより、賢くはないっすけど……っ」
「じゃあ。その作戦は、あまり有効そうじゃない。それに、また、空を飛ぶ竜と遭遇すれば、怖くて、身がすくんでしまうかも……」
「可愛いっすけど。ソルジェさまは、いつも、竜で空がいっぱいになればいいと」
「いやいや、そんなの、この世の終わり過ぎる」
「でもでも。ゼファーちゃんは男の子で、ルルーシロアちゃんは女の子だから」
「うわ……繁殖させるつもりなのか、あんたの夫は……あ、あんな、魔物たちを……」
「この世の終わりには、ならないっすよ。でも、きっと……帝国は滅ぶ」
「はあ。竜の群れと、いつか戦う日も来るかもしれないのか。長生きすると、ろくな目に遭わないのかも」
「ちゃんと、そうなる前に、この戦いは終わるっすか。そうすれば、怖いのも、終わり。竜たちを怖がらなくても、よくなると思うっす」
「……戦いが、終われば、まあ、そうなのかも」
「終わるっすよ。ちゃんと。怖い日々は、いつか終わるものだって、自分は知っているっすから。むかーし、むかし」
「……昔話なら、聞いてやろう」
「あるところに、貧しい村がありました。お国自慢は葡萄の畑。すごくキレイな赤ワインになってくれる、丸々としたブドウが風に揺れる丘がありました。そこに暮らす人々は、みんな貧乏で、領主さまの税金の催促にも困る始末でしたが……仲良く、冬の寒さにも負けずに暮らしていたんです」
「うちの村も、まあ、似たようなもんだったよ」
「あるとき。その村に、ひとりの『吸血鬼』がやってきました」
「おとぎ話みたいだが、いや……違うんだろうな」
「『吸血鬼』は若い女のすがたでしたが、本当は違うのかもしれません。赤ワインの味に、あまりにも詳しかったから。『吸血鬼』は、私たちの村で作られる赤ワインが、まるで血のように鮮やかであることを、気に入ってしまったのです。領主さまを、殺してしまい。その城を奪い取る。『吸血鬼』は、その村の人たちを、生きたワイン樽だと呼びました」
「そいつは、つまり……」
「生贄になりました。奴隷よりも、つらい。怖くて、怖くて。何人も何人も、死んでいきます。たくさんの悲鳴を覚えているの。それは、忘れられない叫び。忘れたくても。でも、忘れてはいけないような気もする、縛ってくるような悲しい叫び」
「……あんたも、そこに……」
「閉じ込められた古い城のなか、ほとんどが地の底に埋まった、かび臭い部屋に閉じ込められていた。悲しい牢屋。涙と恐怖で、まっくらで。鉄格子のついた小さなすき間から、空がちょっとだけ見えたの。そのちいさな空には、ときどき、大きな翼のタカが飛んでいるのが見えただけ。うらやましくて、その翼が欲しいと願った。切望するって、こういうコト。『自由』が欲しい。怖い時間が、終わりますように。殺されていく知人の叫びで、その祈りは消えてしまうのです」
「……とんでもない目に、遭ったんだな」
「何日も、何十日も、何百日も。たくさんたくさん、死んでいく。痩せ細って、みんな。生きているのは、私だけのような気になりました。私と、私をエサあつかいする邪悪な『吸血鬼』だけ……何回も、何十回も、何百回も。絶望がくり返されたとき。タカが鳴きました。黒い馬と、茶色い馬に乗った人影が、見えた。誰も住む人がいなくなった、私たちのものだったはずの抜け殻みたいな村から、騎士と、年老いた傭兵がやってくる。きてくれたの。『吸血鬼』を、倒すために」
「……騎士と傭兵と、『吸血鬼』か」
「『吸血鬼』はとても強かった。だから、騎士と傭兵も苦戦する。ふたりとも殺されかけた。血を吐いていた。逃げてと叫んだ。でも、逃げなかった。助けてやると騎士は言った。怖い日はおしまいだって……騎士は、剣も持てなくなった。腕の骨も折られて、全身血まみれで。それでも、『吸血鬼』をにらみつけていた。「打つ手はないな、騎士よ。お前の血を、すべて飲み尽くしてやろう」。『吸血鬼』は、そう言いました」
「……絶体絶命だな。竜騎士は、まだ来ないのか……いや、そうか―――」
「騎士は、牙をむいて。自分たちの家に伝わる、歌を再現します。長らくいっしょに一族と生きてくれた古い竜。そのおじいさん竜は、とてつもなく巨大な敵と戦ったことがありました。山のように大きな悪神に挑んだのです。あきらめることなく、その牙で、悪神の喉を切り裂いた……伝統は、騎士に力をくれる。あきらめない。あきらめない。どれだけ時に離されて、どれだけ一族を失ったとしても。伝統は、血に宿るもの。騎士は、油断していた『吸血鬼』の首に、噛みついて、そのまま首を裂いた。村人たちから吸い尽くした赤い血があふれて、『吸血鬼』は殺されたの。『私』のソルジェさまに」
「……『吸血鬼』の首を、噛み切ってしまったのかよ。何ていうか、さすがは、あんたの竜騎士だな」
「はいっす。だから、『私』はソルジェさまが大好きなの」




