第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百四十四
―――『アルステイム/長い舌の猫』も含めて、ボクたちは情報戦をやっている。
プロパガンダだ、政治的な宣伝っていうものをしているわけだ。
帝国軍に対して、『自由同盟』の勝利やら帝国や皇帝家の悪事を広めている。
これはいきなり大きな効果をもたらしはないものだが、ゆっくりと効きつつあった……。
―――キートたちのように、帝国皇太子の悪事を目の当たりにすれば。
彼らの口のすべてを封じるなんて真似は、いくらユアンダートの絶対的な権力でも無理だ。
ボクたちが流した情報戦用のつくり話とは違って、実際の悪行なんだからね。
こいつは何とも影響力が大きなものであり、帝国の正義を崩しかねないものだった……。
―――いくつもの戦いで、短期間のうちの連敗が重なっている。
帝国貴族からは、帝国軍に対して『弱虫』だとか『役立たず』という激励が飛んでいた。
帝国貴族の地位にある多くの者が、いやほとんど例外なくだけれど。
この連中は、帝国軍が大陸を掌握する九年間の『栄光の日々』を過ごしている……。
―――そんな有能な『先輩』たちからすると、現状の『蛮族連合』に敗戦した者たちは。
どうにもこうにも、頼りなくて役立たずのように見えてしまうものだ。
古巣に対しての愛着からくる激励でもあるが、こうも敗戦続きでは嫌みに聞こえてしまう。
帝国軍と帝国貴族のあいだに、ゆっくりとだが亀裂が入り始めていた……。
―――帝国貴族が、帝国軍を悪く言うなんてことはこれまで皆無だったのにね。
常勝無敗の『十大師団』と、この快進撃が生み出し続けてきた『利益』。
新しい領地だとか、商業的な特権などなどを帝国軍は帝国貴族にもたらした。
それゆえに帝国貴族は、莫大な投資を帝国軍にしてきたわけだけど……。
―――これは、やはり勝利ありきの関係性ではあったわけだね。
ソルジェとゼファーの絡んだ戦で、その関係性は破綻してしまっている。
大金と尊敬と称賛を帝国軍に与えてきた理由は、それに見合うメリットがあったからだ。
帝国貴族たちの財布に、ここしばらくは『美味しいリターン』が届いていないままさ……。
―――戦争をする理由は、やはりガルフ・コルテスの主張する通りふたつだけ。
お金と権力、帝国軍の重なる敗戦はそのどちらをも帝国貴族にもたらさなかった。
現役で現場にいる帝国兵からすれば、たまったものじゃない。
帝国貴族からの嫌みを受け取る度に、連中への反発が高まりつつある……。
―――それはボクたちにとって、大きなチャンスになるのは間違いない。
帝国貴族と帝国軍、その強固な結びつきをほどいてしまうチャンスだよ。
レヴェータの悪事だとか、呪術を使った帝国貴族の暴走だとか。
その種の『宣伝』を、これから流すことになる……。
―――『アルステイム』の女性たちは、大喜びしているだろうね。
帝国軍の兵士どもに、この種の『スキャンダル』は有効なんだよ。
自分たちの敗戦をやじってくる帝国貴族どもにも、大きな失態があったのだと。
文句を言える権利を得たのさ、公にはともかく酒場ではしきりと話すだろう……。
―――皇帝ユアンダートという男は、まだまだ神話を持っているんだ。
帝国貴族からも、もちろん帝国軍からの信頼もあつくてね。
ユアンダートに逆らおうとする者は、かなり少ない。
軍隊の勝利は国を豊かにはするし、多くの場合で人々を助けもするのが事実だから……。
―――カミラの目の前にいるキートだって、帝国軍やユアンダートには文句はない。
あくまでも、皇太子レヴェータの悪事に対して怒っているわけだ。
むしろ、キートは帝国軍とユアンダートに感謝してもいる。
地元のド田舎に生きていれば、彼は読み書きを学ぶ機会さえもなかったはずだから……。
―――武術を学び、学問や法的な知識を襲われる。
痩せ果てた畑で、早朝から深夜まで過酷な農作業に追われるはずの男だったのに。
今では本を読めるし、法的知識を駆使して私腹を肥やす役人を罰することも可能だ。
商売のノウハウだって、彼は獲得しつつある……。
―――帝国軍に従軍するということは、多くの人間族の若者たちの人生を変えた。
貧しい農夫になるしかなかった若者たちの多くに、大きな可能性をあたえている。
帝国市民として暮らせるという『未来』も、素晴らしい報酬だったよ。
文明的な生き方を獲得させてくれた皇帝に、若い兵士らは文句がなかった……。
―――だがね、帝国貴族の多くは元から貴族だったから。
戦いで出世したという者も、いくらかはいるものの。
多くが、そもそも貴族の家系であった者たちが圧倒的に多い。
帝国貴族には、帝国兵の若者たちは尊敬を抱いていないんだ……。
―――このあたりを、ボクたちと『アルステイム』は狙い撃ちにすべきかも。
帝国軍と帝国貴族の仲を引き裂いてやりたい、それはユアンダートと帝国軍の絆より。
はるかに弱くて、対立と嫉妬の可能性をそもそも含んでいたものだから。
戦場以外でも働く、苦労が多いのがボクたち知的労働者ということさ……。




