第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百四十二
―――寝かされた男のもとに歩み寄ると、リエルは座った。
ソルジェと違って、『宝石眼』は魔眼じゃない。
魔力を目視するなんて真似は、リエルには不可能だったけれど。
心臓の位置がどこなのかなんて、知識が教えてくれるものだ……。
―――ガルフの教え、「解剖学をしっかりと学ぶとしようぜ!」は健在だからね。
治療をするためでもあるし、より効率的に殺すためでもある。
傭兵として、究極の力を求めた結果ではあるものの。
医療行為においても、その知識は十分に発揮されるものだ……。
「森のエルフには、解剖学などなかったな。薬草知識はあったし、動物の解体はやっていたけれど。これは、『外』で得た力である。私に、その力があるからこそ、お前を、助けてやれるのだ」
―――胸骨の裏側にある心臓、その先端部分を目指して。
リエルは『雷』で生み出した電流を、見事な角度な走らせていたよ。
『闇』の力で血のながれと、心臓の位置がだいたい分かるカミラも驚くほどの正確さだ。
解剖学という学問の特性ゆえだね、とてつもなく精密に学者たちは人体を調べた……。
―――止まってしまっていた心臓に、電流が注がれると。
心臓という筋肉のカタマリが、その拍動を取り戻した。
だが、すぐに止まってしまう。
カミラはリエルに、その事実を悲痛な顔で報告したんだ……。
「り、リエルちゃん。心臓が、また、と、止まっちゃった……」
「大丈夫だ。コツは、つかんだぞ」
―――魔眼はないけれど、魔力の使い手としてはソルジェをはるかに上回る。
エルフとしての聴覚もね、心臓が電流でどう動いたのかも把握していた。
心臓のどの位置に『雷』を集中して流せば有効なのか、リエルはそんな直感を得る。
とてつもない才能と、知識の融合ってものさ……。
―――臓腑に流れる魔力の質も、『炎』と『風』と『雷』があるものだ。
心臓については、『炎』の属性が多く含まれてはいる。
それらがは『雷』を妨げる要素にもなると、リエルは知っていて。
今はこの男の心臓に、どれだけの割合で魔力を流してやるかも把握した……。
―――魔術の天才であることと、エルフの聴覚と医学知識。
リエルのその蘇生術は、何とも達人技じみたものだったよ。
二度目の『雷』には、やや『風』の魔力も混ぜたとか。
個人差もあるだろうし、そもそもふたつ以上の属性を使える魔術師は稀有だ……。
―――この男は、リエルと出会えたから生き延びられたんだよ。
彼が、その奇跡に対してどのような感想を抱くかまでは。
リエルは気にしないことにする、今は心臓の動きが再開したことで満足する。
蒼褪めた死人の顔から、苦しそうだが血の気が回った顔に戻ったからね……。
「安定、しているっす!」
「呪術混じりの行いもした。どちらかといえば、祝福だが。魔術地雷のように、こいつの心臓に定期的に流れる『雷』の紋章を刻んでみたのだ」
「そ、それって。とんでもなく、すごい……有効な、医術かもっす!?」
「職人芸だ。私以外に、やれるものでもないだろうから」
「た、たしかに」
「……いい力を得られた。挑戦とは、自分を磨いてくれるものだな」
「こ、このまま。安定しているうちに……」
「うむ。ベッドまで、運んでやろう」
―――豊かな才能は、神がかった真似までしてくれた。
即興で、おそらく世界中の誰もやっていなかった行為をしている。
最強の魔術師だからこそ、達成できたわけだ。
リエルはまたひとつ、魔術の深奥を極めたとも言える瞬間だったのさ……。
―――止血の秘薬も、効果を発揮し始めている。
カミラは血の流出が収まりつつあるのを感じ取り、笑顔でリエルに報告した。
満足気にうなずきながら、リエルは他の患者のもとへと向かう。
そいつらも捕虜たちだったけど、リエルに抵抗する者は少なかったよ……。
―――『やさしくなる』という方針を、リエルは見つけたようだからね。
いつものようなクールな表情ではなく、微笑みを浮かべてみた。
美しいエルフの乙女の微笑みに、帝国兵の捕虜どもさえも魅了をされてしまう。
得難い学びを、リエルは得ることになった……。
「怒りや、憎しみを向けると……反発も買うものだな」
―――何とも基礎的な社交術ではあるけれど、リエルは王族だからね。
君臨するのが役割で、敵に対して媚びるような笑顔など使えとは習っていない。
王族と下々の者が同格であれば、その王国は機能するはずもないのさ。
身分というものが秩序を作る、それが王制という文化なんだよ……。
―――良くも悪くも、身分の高い者たちは笑顔の使い方にもルールがある。
だが、それを臨機応変に使いこなせるのならば上等な社交術のひとつになるだろう。
カミラはリエルの成長を、目撃していたんだ。
この捕虜どものために設営された、野戦病院テントのなかで……。
―――亜人種と『自由同盟』に対しての、怒りが渦巻くその場所で。
リエルが『王族のカリスマ性』を用いて、敵兵さえも掌握する光景を。
帝国兵どもは、リエルに逆らう気が失せてしまっていた。
誰もが亜人種への憎悪を、ユアンダートに植え付けられているのにね……。
―――表情一つで、敵対的な空間さえも変えてしまえる。
それが本物のカリスマと呼ぶべきものであり、リエルはそれの先天的な使い手だよ。
大魔王の后としては、最高の人材だったというわけさ。
なんであれ、捕虜どもへの治療はかなり順調に行われたんだ……。
―――もちろん、助けられなかった捕虜どももいるよ。
夏の戦場は過酷だからね、消耗したあげくに傷だらけとなれば。
捕虜となったあとで、命を落とす者は少なくない。
帝国軍は今ごろ考えるだろう、捕虜は『自由同盟』に全員殺されたに違いないと……。
―――こちら側とすれば、とっくの昔に捕虜交換の意志は伝えてあるけどね。
帝国軍が『自由同盟』側の捕虜を、とくに亜人種の捕虜を。
残酷にあつかうリスクは、悲しいことに高いものだ。
それでも復讐はデメリットが大きい、我々は尊敬されるべき立場を目指すべきさ……。
―――難しいものだけれど、それでもやるべきだ。
捕虜を生かした者は、間違いなく敵味方から尊敬は受けるのだからね。
これは正義じゃなく、気高さの問題だよ。
気高さこそが、邪悪さも正義感も問わずに偉大なる行いを成し遂げるものだ……。
―――『王無き土地』にはない、王の道がある。
ボクみたいな『狐』はともかく、ソルジェやリエルはその道を歩むべきだ。
恐怖され、尊敬も捧げられる。
そういう支配者でなければ、およそ偉大な王国を築けないものだから……。
―――あの男が目覚めると、リエルはうたた寝をしている。
気づいたカミラが、明るい声を発したおかげで。
その夕闇に融けるような安らかな睡眠は、終わってしまったけれどね。
宝石眼の瞳が開き、死の淵から蘇った者を見た……。
「起きたか、死ななくて良かったな」
「……夢を、見た……」
「そうか。どんな夢だ」
「……娘と……娘の、友人の……夢だ」
「聞かせてくれるか?それとも、秘密のままがいいだろうか」
「…………わからねえ。なんで、助ける?オレは、軍に戻ったら……戦うぞ」
「構わん。受けて立とう」
「……気に食わねえ。ちくしょう……世の中は、どうして、こんなに厄介なんだよ」




