第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百四十一
「うる、せえよ……っ」
―――誰もが真実を選べるとは、限らないものだ。
真実と向き合う行為なんて、かなり辛いときもあるからね。
とくに、政治的な理想が異なっているときにはヒトは腹を立てるものだから。
彼にとってのライザ・ソナーズは、人種に対して厳格な姫であるべきだったのか……。
「亜人種なんか、最悪だ……っ。あいつらがいるから、オレたちは追い詰められる。世界は、有限なんだ。あいつらか、オレらか……生き残るのは、どっちかだ」
「……意識が、下がってるっす」
「なら、話させた方がいい。血の気を上げろ。そうすれば、生き延びれるかもしれん。話し続けろ。恨みがあるなら、たとえそれが見当違いのものでも聞いてやろう」
「うるせえ。どいつもこいつも、間違いやがって……」
「何が、違っているのだ?」
「……亜人種なんぞを、許せば。こうも、なる。あいつらは、敵だ。奪いに来やがる。あいつらとオレたちは、同じ生き物じゃない……」
「そうだろうか。似ている部分も、大いにあるぞ」
「うるさい。違っている部分の方が、大切なんだ。重要なんだ!オレたちは、違うんだ!!」
「ライザ・ソナーズは、それでもアリーチェを抱きしめたのだろう。あの可愛い子を。とても素直だった。良い子だったぞ」
「うるさい!バハル殿の……あ、あやまちだ」
「聞き捨てならん言葉である。アリーチェのような幼子の、何が間違っているんだ?」
「生まれた、こと……そのものだっ」
「おぞましい言葉だな。重傷者でなければ、とっくにぶん殴っているぞ」
「殴れば、いい。殺しやがれ……殺せ……っ」
「あの子は、多くの者を守ろうとしていた。邪悪な敵と戦ったのだ。我々を狙っただけの敵ではない。帝国兵も巻き込んだ敵を、倒すために力を尽くした。命を懸けて……いや、死んだ後でも、戦った。勇敢な子だ。誰よりも、勇敢な子だぞ」
「……うるさい……っ。頼んでいない。そんな真似しろとなんて、頼んじゃないないっ」
「……なんて、ことを言うんすか……っ」
「無礼な男め。だが、それでも……死にたくはないだろう。ここで死んだところで、何にもならん」
「……うるさい。うるせえ……死にたくも、ねえんだ……っ」
「そうだ。正直になれ。生きていれば、良いことも起きる」
「あるか……そんなものは……ちくしょう。お前ら、動けるようになったら。殺して、やるぞ……殺してやるんだ……っ。証明する……姫さまは、亜人種どもを根絶やしにしたかったんだ。皇帝陛下のご意志に、刃向かったりしていない……謀反など、企んではいなかったのだ」
「それほど、ユアンダートに忠義を捧げているとは思えない」
「その、謝った認識を、正すんだ。こ、高貴な貴族の方々が……亜人種などに……」
「心臓の動きが、悪くなってるっす……」
「しゃべろ。敵意でいいから、意志を燃やせ。死にたくないなら、何か生きる目的を探せ」
「…………はあ、はあ……あるか、よ……そんなもん。ねえよ……」
「あるはずだ。今この瞬間まで死と戦えているのは、生きる目的があるからだ。そうでないなら、とっくに死んでいる。仕える主が、死んだのなら。家族は、どうしている」
「………………殺された……亜人種の、野盗どもに……殺されちまった…………」
「そう、か」
「……だから、許せねえ。きっと、そうだ。そうに、ちがいねえんだ。うちの、妻は、お前らごときにも……やさしく、してやっていたから。つ、つけ込まれた……っ」
「……その場を、見たわけではないんだな」
「あ、当たり前だ。オレが、いれば……いたら。妻も、娘も。守れたはずだ……」
「……もしかして、その、誤解だったりするんじゃ……」
「あいつらに、決まっている。あの、薄汚い……貧乏人ども。く、食い物のためにでも、銀貨一枚のためでも、あ、あの貧乏人どもなら、こ、殺す……っ」
「ひどい目に遭っている方でも、誰かをねたむだけじゃないっす。やさしいことをされたら、ちゃんと、恩返しをしたいと思うのがヒトってものですから!」
「あいつらは、ヒトなんかじゃねえんだよ!!なんで、それが分からねえんだ!!」
―――真実なんて、無力なときもあるものだよ。
この男の妻子が殺された理由が、この男の想像通りのものだったのか。
それとも、亜人種ではなく誰か別の者が殺したのか。
真実がどうあれ、この男は納得も救いも得られはしないだろう……。
「あ、あいつら……貧乏で、ろくな教育も受けていねえ。人間族が、成し遂げた文明に、し、嫉妬しているんだ……だから、き、危険な動物どもなんだよ……っ。はあ、うう……」
「脈が……弱く……っ」
「カミラ、『闇』で血のながれを維持してやれ。無理やりでもいい。山を乗り切れなければ、このままコイツは死んでしまうぞ」
「聞いて、いるのか……くそ、エルフ……お前が、うちの妻と娘を……こ、殺したんだ」
「憎しみでもいいから、耐えろ」
「リエルちゃん……で、でも……」
「お前の妻子を、私が殺したとすれば。どうするんだ?」
「こ、殺す!!……殺して、やるぞ……っ!!」
「その意気だ。体の奥深くにある傷が、止まるまで。意識を保て。憎しみでいい。殺意でもいい。ちゃんと、耐えろ。『お前は、ライザ・ソナーズに仕えた戦士だ』」
「……セリーヌ、殿……っ」
「私の言葉に、アリーチェの母親を感じられたか」
「……セリーヌ……殿……バハル殿……お、オレは……っ」
「勇敢な女戦士だったようだな。アリーチェの母親は」
「……認められない。エルフに……助けられたなんて……認め、られるか……っ」
「セリーヌに助けられたことがあるのか。亜人種嫌いのお前が、皮肉だな」
「うるさい……っ。オレは、望んだわけじゃない」
「望むまいが、お前はセリーヌに助けられた。アリーチェにもだぞ。アリーチェがいなければ、帝国兵だって、もっと大勢死んでいたのだから。お前も、含まれていたかもしれない。そうであれば……そうだと言うなら、死なせたくはないな」
「……り、リエルちゃんっ。血が、動かなく……心臓が、弱って……っ。も、もうすぐ、止まってしまいそう……っ」
「……そうか。戦ってやるのも、悪くはないか」
「た、戦うっすか!?」
「亜人種が嫌いで、私たちに恨みがあるのなら。その恨みが、正当なものかを問わず、受け止めてやるのも、悪くはない。決闘をしてやろう。戦士として、それも……正しくはある」
「ち、血を無理やりにあやつれば、動けるかもっすけど。そんな真似をすれば、し、死ぬかも……」
「だが。意志を発揮すれば、耐えるかもしれない。戦士は、戦場でこそ、死地に相まみえてこそ、底力を出すというものだ」
「い、一か八かっすけど……っ。でも、もしかしたら……っ」
「おい。聞いていたな。立たせてやる。弓と、矢を持たせてやるぞ。憎いのなら、私に矢を放ってみせろ。受けて立ってやろう……お前の妻子を殺したのは、亜人種だというのなら。私が、代わりにお前と戦ってやる」
「……っ!!こ、殺して、やる……フラン……ダイアナ……っ!!」
「そうだ。二人のために、私と戦ってみろ」
―――野蛮な戦士の価値観ではあるけれど、カミラはその効能を見たよ。
止まりかけだった心臓が、強く脈を打っている。
怒りのおかげで、この男はどうにか立ちあがった。
カミラの腕と『吸血鬼』の力に支えられながら、どうにかだけどね……。
―――カミラに支えられた男は、ふらつきながらもテントの外に出た。
リエルは弓を持たせてやった、その弓を男はどうにかこうにか構えてみせる。
『闇』の力で男を助けてやりながらも、カミラは迷っていたんだ。
怒りや憎しみの力で生き抜こうとする男が、正しくないような気がする……。
「こ、これで、いいんでしょうか……っ」
「生き抜いてくれるなら、それでいい。死ぬ意味はない」
「で、でも……」
「こ、殺してやる。殺してやるんだ。亜人種どもめええ……っ!!オレの、オレの、妻と娘を、かえせ……っ。オレを……オレから、ぜんぶ、奪っちまいやがって……っ!!」
―――リエルも、考えていたよ。
弓と矢を構えて、その男の目の前に立ちながらね。
世の中は、あまりにも。
亜人種と人間族のあいだに、距離があるような気がした……。
―――ソルジェは、やはり変わっているのだとも。
亜人種であることを、まったくもって気にしない。
というか、違う人種に対して異常なまでに寛容だ。
それは普通ではなく、ありふれたものとは真逆であったけれど……。
「何を、笑っていやがる……っ」
「嬉しいことに気づけたからだ。私の夫は、やはり偉大な男だぞ。怒りや憎しみだけじゃない。やさしい男だ。私も、すこし、真似をしたくなった」
「何がだ、何が……おのれ、おのれ……っ。オレの、家族を、返せええええ!!」
「ああ、それでいい」
―――放たれた矢は、あまりにも力がない。
子供が撃ったようなもので、その勢いを見ながら。
男は娘に弓を教えた日を思い出す、矢の勢いはあまりにも弱かったけれど。
彼女のそれは的まで届いた、刺さりはしなかったけどね……。
『すごいね!ダイアナは、すごいね!』
「……アリーチェ……っ。あの子の……っ」
―――リエルは矢を、手でつかみ取っていた。
弱々しい矢を、その手でね。
男は、その場で崩れ落ちそうになったけれど。
カミラに支えられ、どうにか倒れなかった……。
「……心臓が、止まった……っす」
「寝かせろ。『雷』を打ち込んで、もう一度、動かしてやる。死なせんぞ。あきらめん。私は、やさしさを信じる」




