第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百三十九
―――ロロカとラフォー・ドリューズ、リーダーたちの対談が行われていたとき。
国境近くの戦いを勝利した戦士たちの治療を、リエルとカミラは手伝っていた。
リエルはいつものように薬草を煮込み、血止めの秘薬を大量生産している。
薬草に関しての知識は『メルカ』の人々に負けるけれど、技術は負けていない……。
―――むしろ、森のエルフの薬草に対しての感覚は他の種族を圧倒しているからね。
薬草というのは個々の性質に、大きな差を持っている。
目利きを行う必要もあるし、煮込む時間でさえも最適解は異なるそうだ。
森のエルフの感性が大きくものを言う分野なのは確かで、リエルはその点で天才だ……。
「ふむ。前線に送られている品としては、かなりのものだな」
「薬草にも、良し悪しがあるっすよね。お野菜とおんなじで!」
「どちらも植物。大差はないのだ!」
「じゃあ、運び込むっすよー!」
―――リエルがまたたく間により分けた薬草たちの片方を、カミラが抱えた。
まだ鮮度があって水気を多く含むフレッシュな薬草たちは、かなりの重さだけど。
『吸血鬼』の腕力をもってすれば、何の問題もなく運べる。
良質な方の薬草が、錬金窯のなかへと放り込まれていった……。
「こっちの薬草は、保存用に作っておくのだ。次の戦いに備えるためのものになる」
―――鮮度のある薬草たちの方が、長く薬効を保つらしいよ。
森のエルフの秘薬は、保存用の錬金薬を混ぜないのも特徴みたいだからね。
『メルカ』の錬金薬との大きな違いのひとつで、即効性が高いんだ。
ヒトの体に備わっている生命力を強化するには、このスタイルは向いている……。
―――『メルカ』の長老である、ルクレツィア殿も同意見らしい。
最高の錬金薬の作り手ではあるものの、『メルカ』の哲学は合理的すぎるようだ。
『肉体への負担を、私たちは大して考慮しない悪癖があるのも事実』。
彼女たちの哲学は、自己犠牲が多く含まれている……。
「質の落ちる薬草は、今から使うための秘薬だぞ。こいつは煮詰めて、即効性を利かせる。臓腑への負担を考えて、塗り薬にするのだ」
「臓腑への影響は、難しいのでよく分からないっすから、勉強になるっすよ!」
―――カミラの『闇』は、血を操ってくれるものだ。
外科的な処置について、誰よりも優れている治療者でもある一方で。
内科的な知識は、まだまだ甘いところがある。
リエルは自慢げだったよ、森のエルフの薬草学の知識を惜しみなく伝えていく……。
―――何とも価値ある講義ではあってね、森のエルフの王族秘伝の知識だから。
周りにいた衛生兵や、近隣から集められた薬草医たちも傾聴するに決まっている。
より有効な薬草の使い方を知れば、彼らが一生で救える人命の数は大きく増えた。
森のエルフの門外不出の秘密ではあるけれど、リエルはもう気にしていない……。
―――『宝石眼』のエルフの姫君の態度としては、伝統破りの兆しがある。
だとしても、大魔王の妻ならば問題はない。
王族特有の先天的なリーダーシップというか、気高さというものがあってね。
リエルは人助けをすることが、実際のところ大好きなのさ……。
―――それは名誉にも直結するし、実利に適っていたよ。
医学知識を内に抱える者は多く、それは『プレイレス』でも大差はない。
この種の知識を共有すれば、多くの病める人々が救われるわけだけど。
少なくない数の医者たちは自分たちだけで抱え込み、開放することをしなかった……。
―――『パンジャール猟兵団』の、社会的な貢献。
戦争によって敵軍を血祭りにしたという点もあるけれど、効果的な医学の伝搬も大きい。
ガルフが作った、戦場での緊急処置だけでも大勢を救っている。
『自由同盟』の戦士たちは言うまでもなく、帝国軍の捕虜だってね……。
―――捕虜に取った帝国兵たちのなかにも、重傷者はいた。
捕虜に対しての虐待をする者が多いのは、軍隊という特別な空間でありふれている。
さっきまで殺し合いをしていて、戦友を殺したかもしれない相手。
そんな連中の傷を心配するのに必要なのは、気高い才能だったから……。
―――秘薬作りをひと段落、応援に来た薬草医たちに任せたリエルは野戦病院に向かう。
帝国兵の捕虜たちのなかで、重傷者たちは各テントに分散されているけれど。
そのひとりに、会いに行ったわけだ。
矢傷のせいで死にかけている捕虜で、助かるか助からないかは半々らしい……。
「生きているな。何よりだぞ」
「……エルフが、近づくんじゃない」
「治療する者の人種など、問うている場合ではないだろう。血は止まっている。だが、弱り切っているのだ。私の秘薬を使わねば、お前は生き延びれない」
「……そんな薬を、信じられるか」
―――若い兵士だったから、リエルも死なせてやるべきでないと考えた。
ロロカからの教えでもある、捕虜には手厚くしてやれと。
元をただせば、ガルフがロロカに叩き込んだ戦場の心理作用のひとつだ。
『捕虜になっても死なないというウワサが立てば、敵の方から武器を捨てる』……。
―――ソルジェやリエルみたいな、生粋の戦士だとか貴族とか王族にはね。
この種の感覚を教えるのは難しくはあったけど、彼らもアタマでは分かるんだ。
『かつて公明正大な騎士が率いる軍と戦ったとき、周りの連中は開戦前から言っていた』。
『戦いが始めれば、騎士殿の旗を探すんだ。そして降伏して捕虜にしてもらえ』……。
―――捕虜になっても、殺されないとするのなら。
死にたくない敵兵は、死力を尽くして最後まで応戦するなんて真似をしない。
『捕虜の手当てをしてやれる軍ほど、敵の抵抗は弱くなるもんだ』。
ガルフの教えは有効で、降伏する帝国兵も各地でそれなりに増えている……。
「信じられなかったとしても、私は弱者を踏みにじりはしない。気高いからだ。競い合うべきは、戦場のみ。殺し合いをする場所は、ちゃんと弁えているのだ。私が憎いのであれば、戦場でまた相まみえるがいい」
―――大魔王の后としての気高さを、リエルも身につけつつある。
殺しもするし、救いもするのだ。
生殺与奪の権利を行使する者には、慈悲深さも冷酷さも必要だった。
『宝石眼』の姫君の前で、負傷した帝国兵は押し黙ってしまう……。
「さっさと、治療をさせるがいい。無意味に死ぬために生まれた来たわけではない。死ぬか生きるかは、私の秘薬を用いても、半々だ。生きるために戦うがいい」




