第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百三十八
「『ツェベナ』のアーティストたちも、復讐心に燃えています。彼らも、力を貸したいと、私に申し出てくれている……アリサ・マクレーンの死も、彼らに大きな影響を与えたんだ」
「女優ですね。エルフの男性と、恋愛状態にあった……」
「殺されましたが。ストラウス卿たちが、犯人を見つけてくれた。彼女たちの、悲恋になってしまった物語も、オペラに仕立てた。それらも、力を発揮してくれている」
「……悲しいですが、啓蒙活動になるでしょう」
―――芸術家たちだけにやれる戦い、というべきものもあった。
とくに『プレイレス』においては、そういった活動は大きな意味を持つ。
古来、この土地において芸術とは政治と表裏一体のものだったから。
とくに演劇には、政治的な批判や何かしらの啓蒙を込めるのが一般的……。
―――芸術は力を持っているからね、人々の心に訴えかける力を。
そういった類の力は、ほとんど政治力という言葉に集約するものだ。
『プレイレス』の市民たちの多くが、学問という祝福を授けられはするものの。
学者の言葉よりも、分かりやすい問題提起の方法として演劇という手段が用いられる……。
―――『ツェベナ』のアーティストたちは、殺された女優のために。
うつくしいが、悲しい愛の物語をオペラにしていたよ。
マエス・ダーンも一枚かんでいるらしく、評判は上々ではある。
もちろんすべての観客が、その物語を評価したわけじゃないけれど……。
―――大きな価値のある行いだ、ちょっとずつでも世の中を変えていくにはね。
ラフォー・ドリューズも、『モロー』の名士として『ツェベナ』には通っているけれど。
人間族と亜人種の恋愛を描いた作品なんて、初めて見たのだから。
大きな影響は秘めていて、同調と反発を招いている……。
「劇作家を味方につけるのは、良い方法ですね。彼らなら、『つくり話』を発明するのも得意ですから……たとえば、『ライザ・ソナーズの財産を輸送している馬車がある』とか」
「……なる、ほど。それは、欲深な者たちが、食らいつきそうですな」
「偽りの情報を流せば、それに反応する者たちも現れる。『ツェベナ』に所属するほどの劇作家なら、観客だけじゃなく……欲望や野心を抱いた敵も、引っかける『つくり話』を用意してくれそうですから」
「話し合ってみましょう。アリサ・マクレーンの恨みを、晴らしたい劇作家もいるでしょうから。エルフのミロと、彼女の関係を、彼女たちの近くにいた者たちならば、察してもいた」
―――感情表現が豊かな方々だし、何よりも身近だったなら。
アリサ・マクレーンとミロの恋愛を、彼らも気づいていたのかもしれない。
それを帝国軍に告げ口しなかったのは、彼らの政治的な信条ゆえか。
レヴェータあたりがやりそうな、『連帯責任』を恐れてのことか……。
―――どうあれ、アリサ・マクレーンとミロの死に対して。
彼らは大きな怒りと、自分たちが何かを表現したいという熱情に駆られたのは確かだ。
世の中に訴えたいものがなければ、アーティストとは言えないからね。
劇作家たちも、この戦いに大きな力として組み込むべきさ……。
―――あらゆる力を、総動員するべきなんだよ。
ボクたちは帝国と比べると、まだまだずっと貧弱だからね。
女神の観測した千年間の常識も、くつがえさなくちゃならない。
劇作家諸兄たちの活躍には、期待してもしょうがないよ……。
「情報戦の人材として、組み込む。芸術や、学問を、そういった使い方だけに縛ってしまうのは良くないのですが。これも、乱世のやむを得ない要請のひとつとして、彼らには協力していただきたい。しかも、私より、『モロー』の大商人である貴方が、おっしゃられた方が良いと思います。いらぬ反発を、生みたくはない時期ですから」
「え、ええ。反発……悲しいかな、それも、一部には……」
「独立独歩の意志が強い、『王無き土地』の市民ですから。『外』の勢力に屈するのは、不本意なはずですし、私たちもそれを求めてはいない。ただ、純粋な協力関係が欲しい。この戦に、勝つためには、融和的な力が必要になります」
「政治的な配慮も、必要でしょうね。私は、情熱的になり過ぎる。遠からず、議員選挙を行い、民意を固めるべきでしょう。そうすれば、しばらくの間は……まとまりを帯びる」
―――『王無き土地』は、なかなかに大変だなとロロカは思ったらしい。
ボクも、同意見だよ。
『モロー』の人々に、命令はあまりすべきじゃない。
都市国家単位での離脱を招くリスクだって、あるのだからね……。
―――ああ、悲観しているわけじゃないんだよ。
むしろ、ボクは『ツェベナ』の活躍には大きな期待をしてもいてね。
『ツェベナ』にいる人材たちのなかに、カイ・レブラートの義兄だっている。
人間族の義兄であり『ツェベナ』の役者、彼もエルフの女性に恋人を持つ……。
―――レヴェータに『舞台装置』代わりとして、舞台の上で生きた『飾り』にされていた。
愛らしい出会いではないけれど、今では愛が育っている。
ヒトの善意から生まれる愛情と、善意ゆえの怒りも信じたいのさ。
それらはとても感情的でありつつ、とてつもない深みがあるものだと知っているから……。
「きっと、上手くいきます。芸術や学問は、真実を求めるものですから」




