第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百三十七
―――ロロカは、とても賢いからね。
社会が理想的な考えを許容できるとまで、素直に考えられはしない。
世界を変えるのは、賢さよりも力だとも信じている。
歴史を紐解いたとき、その考えになるのも当然だから……。
―――だからこそ、ラフォー・ドリューズのような人材は魅力的に映ったよ。
お金という力で、若者たちを教導してくれるというのなら有効だと。
ロロカ自身も教育者のはしくれだ、いくつもの大学で認められた賢者でもある。
人々が教育でどれだけ変われるかも、彼女は知っていた……。
―――自分自身もね、生まれもっての知性の高さはあった。
ディアロス族は錬金術や、冶金の技術ではずば抜けている。
それでも、極北の土地から出てから多くの学びがあったからね。
ロロカ自身も知識と学問を得て、大いに自分を高めたというわけさ……。
―――『水晶の角』に触れられそうになったからといって、もう誰かを殺そうともしない。
教育が行き届くまでは、その種の文化や価値観は絶対的なものだったのに。
ヒトは学ぶことで、先天的に獲得していた領分を越えて成長するものだ。
向き不向きはあるけれどね、ソルジェみたいにアホもいる……。
―――北方野蛮人の戦士なんて生き物は、知的な紳士とまったく逆の存在だった。
それでも、ロロカやガンダラの指導もあってね。
しっかりと成長を促進できているのも事実、交渉や政治的な理解まで覚えつつある。
ソルジェでさえ変わるのだから、誰でも変われるのが教育の利点だろうね……。
「多くの力で、変えていくべきですから」
「一朝一夕で変わるものではないと、私も考えています。悲観しているわけじゃなく、解決すべき課題として」
「戦士として、勝利を作ることで支えるといたしますわ」
「ありがたい。今日も、大戦果だったと聞いておりますよ。貴方がたも、ストラウス卿も」
「ええ。ですが……帝国の一枚岩ではない部分が、災いを招きつつもあるようで」
「女神イースを、召喚したとか」
「皇太子レヴェータも、古戦神を呼び出しました。おそらくは、共通する呪術のパターンがあるのでしょう。それが、政治的なグループを通じて広まってしまっている可能性があるのです」
「……あのような災厄をもたらす力を、帝国が得たと……」
「幸い、皇帝ユアンダートは呪術を禁じていますから。ユアンダートに反目する政治的なグループに、その種の力が伝わりつつある。ですが、女神イースを召喚した者たちは、『カール・メアー』」
「皇帝の直属の、異端審問官たちが……」
「その事実を、ユアンダートは握りつぶすでしょう。『カール・メアー』の巫女戦士たちは、帝国軍の規律を生み出すことに役立っている。政治的な陰謀を、彼女たちで執り行ってもいるはず」
「『血狩り』を行い、政治的な謀殺をした。亡命者もいると、聞き及んでいます」
「『真実』よりも、『正義』が重んじられる。アンフェアですが、この大陸の実情ではある」
「はかりごとを、正義と……」
「事実と異なっていても力を発揮する。『正義』は、権力者にとっては扱いやすい、罰する力。『カール・メアー』を手放すことはしないでしょう」
「……欺瞞がたまれば、集団は滅びゆくものです」
「ええ。私も、そう考えていますよ。ユアンダートは『カール・メアー』を庇う。ですが、すでに貴方の耳にも入っているほど、インパクトの大きな事件でしたから」
「なかったことには、できないでしょう」
「はい。私たちも、それを広めていきますから」
「情報戦、ですね」
「……帝国で『血狩り』を受けた果てに、亡命を余儀なくされた方々の耳に、是非とも伝えておきたいものです」
「有効でしょうな。没落させられた者たちの恨みは、果てしなく深い」
「情報戦の協力も、お願いしたいのですが?」
「もちろん。あらゆる戦いで、私も協力を惜しみはしません。ですが……」
「ええ。気になっているのですね。神々を顕現させる呪術より、奴隷貿易の復活を企む者たちを」
「この手で、八つ裂きにしてやりたいと願うほどです。この絶好の機運を、連中が妨げてしまうから」
「対処をしましょう。『モロー』の奴隷商らが使っていた貿易のルートに、『ストラウス商会』の社員を配置いたします。奴隷貿易の復活を試みるのであれば、そのルートにも痕跡を残すでしょうから」
「そこに、隠れているかもしれませんな」
「ええ。ユニコーン騎兵で、蹴散らしてやれます。予備的な人員しか集まってはいないでしょうから。そのためにも……」
「分かっています。『モロー』の奴隷商たちが使っていた拠点を、すぐに報告させていただきます。場合によれば、焼き払えとも指示を」
「……そう、ですね。予防措置は大きいほどいい」
「奴隷を収容する施設も、販売するための拠点も、いまだに残っている。奴隷商たちは、いつかビジネスが復活するとでも、期待しているフシがあった。市長の代行のような立場です。商人たちへの命令を、私は極力控えるべき立場ではありますが、この件については、黙ってはいられない」
―――アントニウスの遺した意志は、炎のように旧友へと伝わった。
ラフォー・ドリューズが好戦的な顔をして、威圧的になるのは奴隷貿易についてだけ。
その情熱を『モロー』の市民や商人たちが、どれだけ支持するかは不透明だ。
憎しみは根深く、かつての日々が復活するのを望む者たちもいるだろうからね……。
―――『王無き土地』の弊害で、王さまが不在だと勝利だけでは変わらない。
誰もが気高くて、前向きだとは限らないから。
王さまがいる土地は、名君の登場だけで大いに救われると言うのにね。
まあ、これも『プレイレス』という土地の特徴だから変えようもない……。
―――だから、ロロカとラフォー・ドリューズは。
奴隷商どもの拠点を、焼き払ってせん滅しておくことにしたのさ。
最初から、ラフォー・ドリューズはそれを提案したかったのだろう。
ロロカは彼の要求を聞かされたような気持ちになるし、たぶんその通りだった……。
―――とっくの昔に、拠点が記された地図が用意されていたからね。
それらをロロカに提供すれば、『ストラウス商会』のユニコーン騎兵たちの出番だ。
遠からず、せん滅が起きるだろう。
そして、運が良ければ『西』でうごめく野心の情報もつかんでくれるだろうね……。




