第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百三十三
―――リサはそんな質問を、ためらわなく聞けた自分に少し驚いてもいる。
兵士の武勇伝を聞いたことは、彼女にだってあったけれどね。
そういったものは、あくまでも聞かされるべきものであって。
相手から聞き出そうと試みるものではないと、今この瞬間でも信じているのに……。
―――それでも義務感が、口にさせたのだろう。
必要な行いだから、学生が殺人をするときの苦痛を知っておきたい。
その苦痛を取りのぞいてあげるために、必要ではあった。
けして知的好奇心から来る質問じゃないと、自分に言い聞かせたくもなる……。
―――死は厳粛なものであるべきで、それについて興味本位の問いは良くない。
まして、英雄ではない学生たちは苦しみを抱いているはずだ。
戦場では罪とされることはないけれど、殺人はやはり重たい罪悪なのだから。
この問い方は、カイを苦しめてしまうかもしれない……。
「……辛いなら、言わなくても」
「いいや。辛いからこそ、言っておく。オレは……ヒトを殺した。帝国兵で、敵だけど。殺したんだ。殺せとも命じた。立場上ね。指揮系統に属していれば、そうするしかない。殺したし、殺せと……強いた。戦いは、みんな自分から選んだハズじゃあったのに……」
「あくまで、貴方の個人的な体験として語って欲しい。多くを背負い過ぎると、苦しくなるから」
「……ありがとう。でも。そうだね。環境でも、あるんだ。周りが、それをさせているし、そうなるように、オレも政治的な言葉をよく使いもした。みんな、そうだ……いつもより、ずっと、単調だった。騙されやすくなっていた、のかも。興奮と恐怖心のせいで、アタマはとにかく回らなかった」
「敵を見たとき、どういう気持ちになったかしら」
「もっと、楽しい気持ちになると思っていた。狩りを、したコトがあるかな?」
「ちょっとした狩りなら。ウサギと狐しか、弓で射た経験はないわ」
「それだけあるなら、十分だよ。いざ敵と接触するまでは、それと同じような気持ちだった。ワクワクしていた。亜人種をいじめる帝国人を、オレたちが倒すんだってね。英雄的で、革命的な歴史の一ページになる。歴史を、作るんだって……大げさじゃなく。そういう気持ちでいたんだよ」
「敵を見たら、気持ちが変わったのね」
「……そうだ。変わったよ。オレたちに向けているのは、とてつもない憎しみだ。あいつらの方が、怒っていたようにも見える。おかしなハナシだ。『プレイレス』を侵略して、居座っていて。亜人種を殺しまくったり、奴隷にしたりしているのは、あいつらの方こそじゃないか」
「……帝国軍は、亜人種に対して特別な怒りを持っていたのかも」
「理不尽だよな。悪いのは、あいつらのハズなのに……でも、信じていた。正しいと、あいつらは自分たちを信じていやがったんだ。それを感じ取ると、ものすごく、気持ち悪い。お互いを正義だと信じて、殺し合うって、おかしな行為だと自覚した」
「英雄や革命の物語に比べると、複雑で混沌としている」
「そう。まさに、そうだった。戦場って、もっとシンプルなものだと思っていたけれど。オレには、そうでもなく感じられた。敵が、迫って来た。サー・ストラウスのおかげで、オレたちは楽な状況だった。陣形が上手く嚙み合っていたんだ。だから、練習していた通りに、敵を狙って……矢を撃たせた。オレは、命じたんだ。仲間にね」
「そして、矢は……」
「当たらなかった。びっくりするほど、当たらなかった。的とは、違い過ぎたから。表情もあるんだ。当たり前だろ?……でも、変わる表情。怒りや恐怖や、あきらめとか、そういういろいろな表情に向けて、矢を射ろうとするとき。すごく、抵抗感があった。ウサギなら、殺せた。でも、ヒトは違った……撃ちにくいったら、ありゃしない」
「敵を勢いづかせたのね。敵は、迫って来る」
「不安になった。怖さの方が勝っていく。勇気って、どういうものか分からなくなっていたんだ。それでも……怖いからこそ、撃てた。震える手で、弓に矢をつがえて、撃てた。それは、練習のときとくらべものにならないほど、みじめな軌道だったけれど。どうにか、当たってくれたんだ。当てたいと、思ってはいなかったかも。狙ってさえ、いなかったから。とにかく、まともに撃とうとしただけ……義務だから、オレは、指揮を執る側の男だった」
「矢は、当たったんだ」
「帝国兵の胴体を、つ、貫いていた。狙っていた相手でもない。そもそも、そういう相手はいなかったから。でも、ちゃんと……そいつは、死んで、くれた」
「どういう感情に、なったの?」
「……母さんに、謝りたくなった。よくは、分からない。理由なんて、ないかも。でも、誰かに謝って、許して欲しい気持ちになった……敵は、敵なのに。オレたち亜人種を、殺したいほど嫌っている、帝国兵だってのに……これが、きっと。『殺したがらない本能』だよ」
「ええ。そうだと思うわ」
「……感情が、あふれていった。殺して良かったのかなって。死んでいないと、いいのにとも。情けない……戦士や、騎士道とか、いや……サー・ストラウスになるのは、ムリだと思えたのは、あのときかも。サー・ストラウスは、嬉しそうに戦っていたから。ああは、なれないよ。オレみたいな男は……」
「ストラウス卿については、特殊な事例だと思うわ。そして、今、聞きたいのは」
「分かっている。学生たちのために、有益な情報だよね。オレは、敵兵を殺したとき、何か大切なモノを失った気もしていたけれど……すぐに、そんなコトも、考えられなくなっていったんだ」
「何が、起きたの?」
「敵と、せ、接近戦になったんだ。顔が、今まで以上に見える距離で、殺し合いになる。相手の声どころか、吐いた息まで当たるような近さでね。振り回される槍や剣と、ぶつかり合う鋼が立てる、火花のにおいまで……そ、そうなると、仲間たちが、悲鳴を上げた。敵に、攻撃されたんだ。いや、殺されそうになっている……」
「怖かったの?それとも……」
「怒りの方が、勝ってくれた。彼らは、オレが勧誘した。志願してはくれたけれど、オレたちが積極的に、学生軍を創設しようとしていなかったら、その場にはいなかったのかもしれない。責任がある。彼らが、傷ついたのは、オレのせいだ……」
「あまり、気負ってはいけないわ」
「でも。気負う。あのときは……そっちの方が、結果的には良かった」
「責任感が、貴方を行動させてくれたの?」
「そう。そうだ。周りが、殺されていく。そいつが、分かったとき。悲鳴や、血のにおいを感じたとき……帝国兵に対して、怒りが、爆発していた。友人をさ、殺されるんだよ。目の前で。い、意味が分からねえよな。みんな、いいヤツだった。だから、そんな目に遭わされる理由なんて、ないハズだった…………もろもろ、考えられなくなった。敵兵の表情だとかも、もう気にしちゃいられなかった」
「敵兵に、攻撃が……」
「『殺したがらない本能』は、あのときは行方不明になっていたかも。政治的な考えとか、正義だとか。そういうのじゃない。友人を、殺されたから、怒っていただけ…………あの、『殺したがらない本能』を、抑制するためにはさ……きっと、みんな、な、仲良くしていた方がいい。ゆ、友人のためなら……ひ、ヒトって、敵も殺せるから……」




