第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百三十二
「さて!新しくオレの部隊に所属を決めた諸君!本格的なミーティングを始めるとしよう!いつもの酒場でな!」
―――レイ・ロッドマンに誘われて、若い学生たちは酒場へと向かう。
物分かりがよく気さくな上官を、この傭兵は演じようとしていたのさ。
なかなかの努力家だし、若者たちの心に近づこうと歩みよる必要も感じている。
何せ、元・帝国軍の傭兵だからね……。
―――学生たちからの信用そのものが、基本的に低くあった。
能力があろうとも、若干の冷遇をされてしまうのもしょうがない。
マルケス・アインウルフほどの大物でもなく、権力者でもなかったからね。
せめて仲良くなっておこうという、実に傭兵らしい野戦の極意を頼っているのさ……。
「安酒で学生を懐柔するっていう作戦か。悪くはないな。お高い酒を飲んでいるからって、学生たちの尊敬を得られるとも限らない。オレたちは、たぶん、身近な『手本』を探しているからね」
「いい意見だわ。やっぱり、学生には模範があった方が落ち着くということね」
「……うん。ストラウス卿よりも、もっと身近で、具体的な戦士……レイ・ロッドマン大尉さんは、もしかすると理想的かもしれない。ストラウス卿には、なれなかったとしても。彼ぐらいなら……って、失礼な印象を抱ける。実際の『腕前』を見せられたら、きっと、自分たちの愚かさに気づけるんだろうが……その過程を含めて、尊敬を勝ち得るプログラムとして優れていそう」
「ストラウス卿に、コンプレックスがあるのね」
「ハッキリ言うね。ちょっと、容赦なさすぎない?」
「インタビューして欲しいなら、新聞記者の技巧を使うべきでしょ?」
「学者先生らしい。それで、いいよ。オレは、恥をかくための覚悟を決めた」
「じゃあ。恥をかいてもらいましょう。さっきの問いの、答えをどうぞ」
「……ある。ストラウス卿ってば、スゲーんだぜ。偵察するための人数で向かったハズなのに。帝国軍から新たなに町をふたつも分捕りやがった。ああ、解放した」
「『オルテガ』を解放できたのは、かなり大きいわね。『プレイレス』を失った帝国にとって、大陸南西部との貿易を担う最大の拠点だった。南海の航路を除けば、帝国は南西部からの補給を受けられなくなる」
「戦をやるための能力って、色々といるんだって『初陣』で思い知らされたからね。ストラウス卿が、どれだけの力を有しているかも、よく分かる。ちょっと、かなわないよ」
「『ちょっと』なんて言えるのは、貴方のプライドの高さかもしれない」
「あまりヘタレるとね、オレはサー・ストラウスにバカにされちまいそうだから。失望されるのに、なれてないんだよ。とくに、『大学半島』のエリート学生はね。あっちも、そう思ってくれているだろう。実際に、オレの方が優れている点もあるよ。賢い」
「ええ。それはそうでしょうね。学問と知性で負けるように、クレートン教授は貴方を育ててはいない」
「オレの若さも武器かも。猶予期間って意味でね。サー・ストラウスも……ストラウス卿も、オレの年齢のころには、もっとバカだったと思うから。オレには、成長するための余地がある。一戦やる度に、何でも経験値にして吸収していける」
「若さね。それは、私も期待したいところだわ」
「成長するための余地を、どう使うべきなのか。それがテーマだよね?」
「より能率のいい導き方を、作りたいの。ストラウス卿は、貴方にとって過度なプレッシャーをあたえ、挫折した気持ちにさせる存在かしら?」
「そんなに悪いモンじゃない。オレは、ちょっと、あの英雄さんといっしょに過ごせちまったから。立場的な幸運のせいで、身近に感じているだけで……オレ以外の距離感の連中は、つまり、ほとんどすべての学生たちは、ストラウス卿にコンプレックスを抱きはしない。軍神みたいに、たてまつっているだけさ」
「なるほど。じゃあ、良かったわ」
「……どういう意味か、ちょっと知りたいかも」
「『挫折』を教えたくないの。挫折から立ち直るための時間が、きっと兵士としての力を組み上げる時間を妨害しちゃうから」
「そいつは、たしかに。挫折は、嫌だもんな……オレたち学生にとっては、何よりさけたいもんだ。みんな、ちょっと背伸びしたくもある。優秀だって信じておきたい。じゃないと、戦場で弱さが露呈しちまうから」
「ストラウス卿を英雄に置いておいても、貴方以外には問題ないのね」
「オレにも、問題ってほどじゃないから。ちょっとだけ、かなわない気持ちにさせられただけ。挫折じゃないよ。尊敬も、しっかりしていられるから」
「負けたとしても、問題はない相手だものね」
「その通り。仲間だから。サー・ストラウスが、オレを裏切ることはない。追いつこうと努力していればいい」
「……貴方には、具体的な目標としても見えているのね」
「そうかも。そういうのが、いた方が……士気が上がるってこと?」
「私の考えではね。だから、ストラウス卿を『モデル』にするよう、指示を与えたの」
「悪くはないと思う。でも、軍神は……ヒト離れしている点もあるね」
「目標とするには、リアリティが足りない?」
「学生たちの目標は、もっと身近な方がいい……だから、きっと。あのレイ・ロッドマンさんは学生たちを酒場に誘ったんだろう」
「距離感を詰めて、尊敬してもらえるように?」
「ストラウス卿は、英雄。軍神。そういう生き物には、あこがれしか抱けない。目標として君臨しているのは、もうちょっと身近で、頼れる有能なオトナ。ああ、もちろん。リサさんもね」
「商人の息子らしい話術だわ。弁論術でも、貴方はストラウス卿に勝てるかも」
「説得力で、負けている。オレは数名の戦力で、ふたつの町を解放しちまうような戦闘能力はない」
「でも、レイ・ロッドマンになら」
「……軍事面や腕っぷしでは負けるだろう。統率力なら、いい勝負かも……たぶん。身近で有能なオトナを、学生たちは真似した方が早い。サー・ストラウスは、ちょっと特殊だからね」
「真似られる要素があった方が、いい。なるほど。『教官』役と、『モデル』は別に用意した方が有効かもしれない」
「帝国軍じゃ、『鬼軍曹』とか言われるポジションがあるらしいよ」
「……ああ。士官以下の、まとめ役……帝国軍の統率力も、真似すべきよね」
「敵からも学ぶなんて、学者的な考え過ぎるような」
「いいじゃない。学者だから。学問的な強化プログラムを作りたいの。それって、たぶん、『大学半島』の学生志願兵には、かなり有効に機能すると思うから」
―――有益なインタビューになっているね、同じ学問の下で教育されたふたりだから。
カイ・レブラートは、リサにいいアイデアを提供してくれている。
学生からも学びは多い、実に教育者的でね。
『普段の行い』に近いからこそ、リサにも扱いやすいんだよ……。
「貴方は、思っていた以上に最高のインタビュー対象になるのかもしれない」
「役に立てるなら、何でもするよ」
「……あら。本当に?」
「学生だから、分かる。学者さんがそういう顔をしたときは、容赦なく学問する時間が始まるってね。でも、いいよ。既婚者パワーで、がんばる。新婚の夫は、ちょっとやそっとじゃ、へこたれない。家族を支えられるような、立派な男になりたいんだ」
「じゃあ。容赦なく聞くわね。『殺したがらない本能』について、私が理解を深めるためには、必要な行いだもの……カイ・レブラート。貴方は、戦場でヒトを殺したとき。どんな気持ちだったのかしら」




