第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百二十八
―――アーベルの記してくれた情報は、何とも生々しいものだったよ。
亜人種の奴隷たちがどういうルートで、『モロー』に運ばれていったのか。
それが克明に分かってしまうものであり、一種の容赦のない告発でもある。
なかなか大量でね、それは『ペイルカ』市民が亜人種を多く見捨てた結果でもある……。
「帝国に、売り渡せば……どうなってしまうのか。分かっていたはずだ。それまで以上に、奴隷は悲惨な目に遭わされてしまう……」
「ただの、財産として扱われていただけ。家畜と同じさ。換金可能な、ただの財産」
「そう思わねば、やれぬ所業ではある。ヒトが、ヒトを金で売買するなど」
「ちゃんと、正規の仕事をしたよ。姫さまは、命を商品として扱うことを、軽んじた日はないはずだ」
―――『正規の手続き』を通したものもあったのが、悲しい現実だった。
カール・エッド少佐は想像していた以上に、現実は差別的だったりする。
それは特別なことでなく、この大陸ではありふれた現実でもあった。
大学半島を有する『プレイレス』でさえも、亜人種への迫害はあるんだよ……。
―――強ければ、有能であれば。
そういった差別の感情だって、くつがえしてしまう者も出て来るけれど。
そうじゃない普通の人々は、ちゃんと世の中の犠牲になっていく。
ちいさな善意だけで、世の中なんて変わってくれないのだから……。
―――革命というものが、暴力的なまでに変えてしまわないと。
多くの亜人種たちの運命は、真っ暗なままだろうね。
千年前から、ずっと変わらない。
女神が観測してお墨付きを与えてくれた、ただの現実だ……。
―――やっぱりね、『大魔王』が必要な時代になりつつある。
ソルジェには大暴れしてもらって、世の中の諸々を破壊し尽くしてもらうべきだ。
あらゆる種族と協調できるという、異常な才能の持ち主は数少ない。
千年なかった機会だから、この機会を逃せば次の千年もないかもしれないね……。
「姫さまは、きっと……喜んじゃいなかった。政治や、権力闘争は好きだったと思うけど。でも、そういうのだけじゃなかった……皇太子のことだって、大嫌いだったしな。表立っては、やれないこともある。言えないことも……立場なんてものは、複雑だ。複雑だから、ときどき、思い切り、違って見える……」
「皇太子レヴェータを、嫌っていたか」
「皇帝だって、嫌っていたかもね。姫さまの心までは、読めない。だけど、きっと……姫さまも、世の中っていう環境に合わせて、生きていただけでもある。ひとりが……あんたが、どんなに怒ったとしても、世の中なんて変わらないだろ?……姫さまは、すごいお方だったけれど、ひとりの女の子に過ぎないんだぜ」
「……多くの者が、必要だな。ひとりでも、多くが……『コラード』の時代と、そう変わった気になれない」
―――たくさんの力を集めないと、世の中なんて変わらないものだ。
ソルジェがもたらす勝利という動力で、無理やり引きずるように変えてしまう。
大勢の仲間と、結託することでね。
『大魔王』は、そういう行いの器となってくれるだろう……。
―――ボクもクラリスも、ボクたちより以前にはガルフ・コルテスもかな。
世の中を大きく変える力が、ガルーナの竜騎士の男にはあると信じた。
それは暴力的だし、大して論理で保障されてはいないけれど。
現状でさえも、これほど多くの人種が参加した軍勢は歴史上ないのだから……。
―――十分に、奇跡的な時代をボクたちは生きているわけだよ。
ちょっと前の『ペイルカ』人たちや、カール・エッド少佐ならば。
アーベルが記述した奴隷貿易の動きに、こんなに嫌悪感を抱けなかった。
亜人種の戦士たちと絡むことで、彼は何かしら革命的な変化をしたってことだね……。
「……アントニウスは寡黙だった。多くを語らずに、ただひたすらに戦う日々を……そういう行いを選んでいた理由が、少しだけ、分かったようにも思える。彼は、とても不自由な束縛を感じていたのだ。私も、感じさせたのかもしれない。もっと、コミュニケーションを取っておきたかったと、今になって後悔しているが……彼はね、戦っているときだけが、自由だと思えていたに違いない。戦って、抗っていることは、死ぬほど苦しくもある一方で、自由を感じられる。おそらく、アントニウスにとっては、唯一、自由でいられる時間だった」
―――どうしようもならないほど大きすぎる、現実的な問題に対してね。
ヒトはいくつかの選択肢を、自分のちいさな力のなかから選ぼうとするものだよ。
多くはない、基本的には逃げるか戦うかになる。
戦うことは傷つく痛みを選択する道でもあるけれど、それでもひとつの祝福があった……。
「とてつもなく大きな主張になる。アントニウスは、この世界を嫌っていたのだろう。多くの悲劇に、嫌悪して苦悩して、自分だけではどうにもできないことを、知っていた。いや、思い知らされていたのだ。だとしても、彼は受け入れようとはしなかった。現実がどれほど醜くおぞましく、そして強大なものであったとしても。戦っていた。黙々と。絶対にあきらめることもなく……あの行いは、とても純粋なものだったから。死後も、同志だと信じられるのだろう。この戦いに殉ずれば、私は孤独を感じはしまい」
―――芸術家と同じさ、表現することは自由なものでね。
自分を解き放つことそのものであるし、苦しいけれど楽しくもある。
これほど自由を感じられるものはないよ、許せないものと戦っている瞬間というものは。
戦士というものは、最も自由を感じ取れる立場でもあるんだ……。
―――粘り着いて絡みつき、どうにも逃してくれない絶望的な何かとだって。
戦っているときは、遊んでいるように自由だよ。
『そいつ』に屈しなくて済んでいるわけだ、世界の嫌いな部分に属さなくていい。
たまらなく心地よさそうだろう、実際のところその通りなんだよね……。
―――命を懸ける価値はあって、そういう覚悟をしていると死ぬのもあまり怖くない。
正しいと信じられる道のために、戦って死ねる戦士が大勢いるのはこういった理由からだ。
自由っていうものは、ちょっと恐ろしいまでに力を秘めているものだよ。
だからこそ、ボクたちはそれに頼ろうとしてもいる……。
―――アーベルもまた、同じ運命に絡み取られていたね。
自由というものが持っている、魔物めいた力に魅入られているんだ。
本当に嫌いな、世界の部分。
とてつもなくて大きくて、普段は自分だって所属しないといけない場所……。
―――そういうものに、今の彼ならば反骨心を抱けるだろう。
あきらめることなく、戦えるんだよ。
この作業に対して、何とも積極的だったからね。
個人的な復讐に関わるからでもあるけれど、それ以上の価値もあった……。
―――メイウェイは軍人だから、アーベルの心理的な変化も観察している。
英雄が持ちうる魅力に引きずり込まれることで、生まれ出でる士気の高さを見てきた。
でも、アーベルが帯びつつある力の質を理解したのはこの瞬間が初めてかもしれない。
自由という、恐ろしい戦い方がどれほどの力を持っているのかをメイウェイも学ぶ……。
―――統制が取れるものだとか、無秩序に近しいものだとか。
間違いでもない分析をしつつ、メイウェイもその力に惹かれている。
現状に満足していない自分を、しっかりと感じられるからだろうね。
戦士であれば、そういうときは命懸けの戦いで抗いたくなるものさ……。




