第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百二十七
―――アーベルには大きな学びとなるだろう、カール・エッド少佐も偉大な人物だ。
忍耐強くて、とても冷静な人物だ。
あらゆる宿命の苛烈さに耐久する男は、兵士として非常に魅力的だよ。
メイウェイが評価するように、彼もまたとてつもない有能な人物のひとりだった……。
―――会話ひとつからでも、アーベルから多くの情報を引き出していく。
あまり協力的じゃない彼からだって、今まさに必要な情報を手に入れた。
亜人種の奴隷の売買、それは彼自身が宣言したように。
今では壊滅すべきことだと認識しているし、実際のところライフワークになる……。
―――偉大な戦士『アントニウス』も、象徴となりつつあった。
彼の部下であるキールットは、『アントニウス』隊を率いている。
勇敢さを継承して、『中海』のあちこちを機動部隊として船を走らせていた。
命は有限だけど、意志は命も死の谷も越えて受け継がれていくものだ……。
―――カール・エッド少佐は、しっかりと地図に書き記していく。
『西』の帝国兵どもが、『モロー』の奴隷商と組もうとしていた。
死んだライザ・ソナーズから権利を奪い取ろうとして、邪悪意志が生き延びている。
それらに破滅の鉄槌を振り落とすことこそ、相棒の弔いになるだろう……。
「死者にしてやれる行為は、何とも数が少ないものでね。それでも、稀有な機会と巡り会う日もあるんだよ。長く生き抜くことは、得意なたちだ。このあとは、毒蛇のように意地悪く、食らいついて離さないだけ。慣れているよ、そういう人生が私にはお似合いなのだろう」
「それは誇らしい行為だと思う。カール・エッド少佐、貴方は、やはり偉大な男だ」
「ほめてもらえて、嬉しいね。さあて、アーベルくん。もっと、多くを話してもらえるかな?私は、君たちの後詰の部隊を送る役目だぞ。敵を破壊したいのならば、君の恨みを晴らす機会をモノにしたいのいならば、選択肢は乏しい」
「あんたに、知っているコトを洗いざらいしゃべれと?」
「知っていないことさえも、話してくれるかもしれない。私の持っている情報と、君からの情報を組み合わせれば、お互いが知らなかった範囲まで見えるかもしれないだろう。協力するという行為の、情報面においての特徴は、そういったものなのだ」
「なるほど。ためにはなるね」
「話してくれるか。これは必要な情報だぞ。君は、『自由同盟』の兵士となったんだ。雇われ兵であったとしても……いや、それはある意味、正規兵よりも重たい意味がある」
「オレ自身で、選んだからだな」
「そうだ。徴兵されたわけでもない。市民権が欲しいわけでもないだろう。保証してやれるのは、大陸最大の戦力との戦いだけ。生き延びる確率は、それほど高くはないのに」
「……分かっている。話すよ。知っていることは、何だってね」
「ライザ・ソナーズが複雑な人間性を持っていたとしても、奴隷貿易に関わっていたのは事実だ。彼女が、もしも、君の言う通り……そういったビジネスに嫌悪感や抵抗があったとするのなら、その事実を後世に伝えられる唯一の人物は、君だけかもしれないのだ」
―――歴史の重みというものは、永遠に続いてしまうから厄介なものだった。
栄誉以上に、汚名もまた永遠を帯びるかもしれないものだ。
ライザ・ソナーズの人間性まで、後世には語られない。
最高のロビイストだとか、奴隷貿易の女王みたいな呼び名とは違ってね……。
―――ライザ・ソナーズの人間性が、『やさしかった』と信じるのならば。
アーベルもそれを後世に伝える努力のひとつは、するべきだろう。
歴史なんてものは、とてもいい加減なものでね。
過去を誰しも完全には把握できないのは当然で、歴史の大半がフィクションとなる……。
―――歴史家があてにする資料なんて、手紙が含まれるからね。
恐ろしいハナシだ、個人的な手紙がどれほど信用できるものだというのか。
秘密に守られたその領域で、どれだけ人々が真実を語って来たのかなんて。
自分の行為を振り返れば、すぐに頼りのなさに気が付けるだろう……。
「姫さまは、やさしかった。本当だ。自分の周りの人々を、差別した日なんて、きっとなかった。そもそも、帝国になっちまう前までは、ファリス王国の時代は、亜人種の騎士だっていたんだから……そう大昔のことじゃない。なのに、今は、ずいぶんと……こういう価値観は、どうして根付いちまうんだろうな。ちょっと前まで、もっとマシだったのに」
「ユアンダートは、利益で誘導した。亜人種への迫害と、人間族第一主義とやらは、帝国支配領においても……悲しいかな、それ以外の地域の人間族の心にさえも響いた。他者より自らが優れているという感覚は、悪い酒よりも人心を惑わしてしまうものだよ」
「そいつを、変えるってのは……難儀だろ」
「もちろん。だが、試みる。その道を正しいと信じているんだ。私はね、正しい道を向いて戦い続ける。やがて、死んでしまうまで」
「病的な、決意だぞ」
「否定はしない。だが、そうと覚悟を決めればね。ずいぶんと心が楽になる。まあ、真似をしろとは言わない。言いたいのは」
「……姫さまがしていた仕事について、オレが知っている限りを話すよ。姫さまの、名誉のために……どれだけ、バハルさまとセリーヌさまを、重用してくださったのか。周りの、貴族たちも……誰もバハルさまたちをけなすことはなかったんだ……それって、すごいことだ。帝国の支配下に収まっていたとしても、抵抗はしたんだ。主張していた。すべてを、受け入れているわけじゃないと……みんな、複雑なんだよ」
「ああ。そうだろうね」
「……地図を、寄越せよ。『ペイルカ』から、奴隷たちを運んだことがある。オレも、したくはなかった……のかもしれない。なんだか、おかしな行為だったから。『ハーフ・エルフ』が、亜人種の奴隷を運ぶなんて……ほんとうに、ちくしょうめ」




