第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百二十六
―――ヒトの命は大切だから、それが失われたときに周囲へ及ぼす影響は大きい。
死からは誰も逃げられないし、そのうえ取り返しがつかないときた。
ボクたちは理不尽な苦しみを抱えつつ、この乱世を生きてはいる。
いつ死ぬか分からないのに、わざわざ死の危険に近づきながら……。
「世界を変える、ね。本当に、おっさんたちの執念には恐れ入るよ」
「暑苦しいだろう。だが、それを成し遂げなければ、我々は滅びると思えば覚悟も決まりやすい」
「覚悟、ね」
「君は若い。そして、仕えるべき者も、家族も失った状況だろう。復讐心だけが残った」
「……そうだ。まあ、あれだな。感傷的じゃあるかもしれない」
「似た者同士ならば、シンパシーも働く」
「それに、命懸けになれるってのは、分からなくはねえ。オレは、もっと……現実的だ。オレが、殺したい連中は…………」
「口に出しても、構わない。聞いていれば、私は何かしらの戦術的なフォローを君にするかもしれないぞ。感傷的な男なのだから」
―――アーベルは『感傷的な男』という自称に対して、警戒しておくべきだと認識した。
カール・エッド少佐は確かに『感傷的な男』であると同時に、不撓不屈の忍耐の男。
情報収集のために、自分の一側面を開放しただけのようにも見える。
乱世で苦悩の時期を過ごした返り咲きを、不用心に信用するのは考えものだ……。
「オレの心に、踏み込もうとしているのか?」
「私は一傭兵に対して、それほどの興味を持っているほどヒマではない。君が、メイウェイ殿に近しい兵士だと考えているからこそ耳を貸すのだ。君を通じて、メイウェイ殿を理解したくもあってね。どうして、君を受け入れたのか」
「……メイウェイはヒマなのが、たまらなく嫌だったんだよ。こいつの本質は、兵士だ。自分のためには戦えない。どこかの誰かと似ているな」
「なるほど。君はただのキッカケに過ぎないか」
「歴史上、『ハーフ・エルフ』が大人物だった日があるとでも言うのかよ?」
「あの日は違ったがね。まあ、例外はあるさ」
「アリーチェか……どいつもこいつも、考え過ぎているぜ」
「神がかった力に、どれだけ心が惹かれてしまうものか。それは、君だって理解しているだろう」
「…………沈黙が、肯定を示すとは限らねえんだ」
「知っている。それほど、世の中は単純ではないからね」
「……オレは……ただ、復讐がしたい。『西』の連中は、オレたちを受け入れなかった。オレを、受け入れなかった。それだけなら、いい。オレだけを追放すれば良かったんだ。あるいは、オレだけを殺してしまえば……」
「つまり。君は、バハルとセリーヌの遺した傭兵部隊を、失った。同じ帝国側の部隊のはずだったのに」
「オレの、せいだ」
「それは違うね。軍事行動の責任は、常に部隊の指揮官にある」
「オレは……指揮官じゃなかったけれど、オレの意志は尊重されてしまった」
「悲観的な言い方だ。尊重されたなら、君ぐらいの年齢の男は喜ぶべきなんだよ」
「うるせえ。その結果が、このありさまだ。オレは……受け入れられるべきじゃなかった。オレを、受け入れたせいで……帝国からは敵認定なんだ。そうなれば、生き延びられるはずもなかったのに……」
「君たちは、『西』の情勢を鑑みたはずだ。帝国兵らも話していたはず。合流可能だと。それは、どういう理由からだ?」
「『西』の帝国兵は、雑なんだ。統率がそれほど取れちゃいない。あいつらが興味あるのは、私腹を肥やすことだけ。あんたの相棒さんは、きっと苦い顔をするだろうけど。オレは『ハーフ・エルフ』だからこそ、利用価値が帝国側にもある」
「文脈から察するに、君たちは『西』の帝国兵らが構築しようとしている、亜人種奴隷について関わろうとしていたわけだ」
「関われるかはともかく。計算はしていた。オレをスパイとして使う選択だって、あるじゃないか……」
「『モロー』のライザ・ソナーズ、帝国貴族であり、奴隷貿易の中心人物だった彼女と、君らはつながりを持ってもいた」
「そうだ。オレたちは……姫さまの部下だった。それは、価値がある」
「帝国の奴隷とは、主に亜人種の奴隷のことを刺す。君は、亜人種の奴隷が売買されることに関われたのか?」
「生き抜くためには誰だって、理想を捨てるだろう」
「まあ、いくらかは」
「……姫さまだって、理想を遠ざけていた。セリーヌさまは、エルフなんだぞ。エルフと自分の騎士であるバハルさまが結婚していた……いや、事実婚ってやつか。何にしても、それを、お許しになられるような人物だ…………あんたの相棒は、うちの姫さまを嫌うだろうがね。オレからすれば、それは間違いだ!」
「その事実を聞けば、きっとアントニウスは許すよ。私よりも、恨みに囚われない男だ。彼は、もっと、大きな怒りのために生きて戦い、死んだ」
「……うるせえよ。死人を、美化しすぎるんじゃねえ」
「生き残っている周りの生者が、いくらか美化してやらなくては。誤解されたままでは、浮かばれない」
「……誤解か。ああ、そうだ。オレも誤解しちまっていたな。『ハーフ・エルフ』に、居場所があるみたいに……上手く、立ち回れば、居場所が……バハルさまがいて、姫さまがいたからこそ、オレたちは何かを許されていただけなのに……」
「もう一度だけ、言っておこう。君の責任ではない。君の周りの戦士たちは、かつての自分たちが好きだった。その過去に忠を捧げて、死んだだけ。正しい道だった」
「……死んじまったとき、みんな苦しそうだったぜ。きっと、後悔に満ちていた」
「悔恨はある。己の道を全うしても。だからこそ、生きている者が……」
「復讐するんだよ。アントニウスも、あんたも。きっと、嫌いだろう。奴隷のビジネスに手を出そうと必死になっている帝国兵なんてな」
「もちろん。そいつを聞き出したいと、感傷的な男である私は思うのだよ。何かの手向けになるだろうし、『イルカルラ』側との衝突も避けられるためだ……というロジックを建前として用意すれば、我々はあの戦姫からだって、戦力を借りられるかもしれない」
「ふん。感傷的な男が、そこまで計算するのかよ」
「慣れさ。計算なんてものはね、ただの算数。処世術に過ぎん。だが、世の中は多少、複雑なのでね。とくにオトナのあいだでは、この種の理論武装は必要なんだ」




