第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百二十五
―――たったの二万という言葉を素直に使えるあたりが、メイウェイの器の大きさだ。
マルケス・アインウルフが惚れ込むのも、当然ではあるよ。
規律に乱れがあるとはいえ、二万という戦力は大群だからね。
名もなき王国の数倍の兵よりは、帝国兵は強さがあるというのに……。
―――メイウェイは戦力次第では、十分に勝てると確信さえしていた。
いや、もっと端的に言えば『楽勝』であるかのように考えている。
十大師団になれなかった者たちの実力を、彼はよく把握しているらしい。
メイウェイからすれば『同じ条件』であれば、これらか戦う敵はずいぶんと格下だ……。
「仮にストラウス卿が、『西』の諸勢力の奪還を望まなかったとしても。二万程度なら、私だけでも平定できるかもしれない……いや、兵力が、一定以上はいるがね」
「『あんたの国』を、『西』に作れちまうかもしれないな」
「からかうなよ。国まで作れるような器はないと、教えたはずだぞ、アーベル」
「どうだかね。軍人の野心なんて、なくなる日はこないだろ」
「私は国を奪うつもりはない。『協力者』には、しっかりと恩返しするつもりでいる。侵略戦争を否定するのも、『自由同盟』の掲げる価値観だ」
「その通り。アーベル君には、もう少し学んで欲しい点がありそうだね」
「はいはい。分かってはいるよ。『持ち主に返却しよう』ってことか。甘いカンジだ」
「そういった約束への信用が、『自由同盟』の結束になっているのだよ。ストラウス卿は、我が『ペイルカ』に……『イルカルラ』の兵力を入城させなかっただろう」
「そういう『仲の悪さ』は、克服すべき点じゃないのか?」
「それは、あるがね。善処はしていきたい」
「アーベル、絡むな。我々は、より多くの連携を作り上げるべきだ」
「戦力を、確保するためにもな」
「その通り。帝国軍が、これだけの大遠征を成し遂げた理由は、戦った多くの勢力が不仲であった結果だよ。同盟が造られた途端に、流れが変わったのは偶然じゃない」
「深刻なわけだ。仲の悪さってのは……」
「克服してみせた。少しだけだが、私たちは結束を誓い合っている」
「握手でも、してみればいいね。オレは若いから、言葉よりも絵面の方がピンと来ちまうんだ」
「送り出すときに、それはやるよ。メイウェイ殿とは、まだまだ煮詰めておきたいハナシがあってね」
「そうかよ。じゃあ、オレは……場をかき乱しちまうか。退席するべきかい?」
「もうしばらく、この場にいるといい。私は、君のリアクションにも『探り』を入れたのだ」
「オレがメイウェイの手下になったのは、数時間前だ。吐けるほどの情報なんて、渡されちゃいない」
「メイウェイ殿が『動く』ための契機となったんだぞ?おかげで、私も……メイウェイ殿を信頼しようと努力できた」
「友情の架け橋をかけてやれたわけだ。じゃあ、もっと感謝してくれ。銀貨の量っていう物差しが、傭兵には分かりやすくていい」
「覚えておこう。『ペイルカ』は保守的な都市国家ではあるが、傭兵に多くの道を用意してもやれる。高級軍人になるという道だって、用意できるよ」
「……はあ?本気かよ。オレは、『ハーフ・エルフ』だぞ」
「象徴的ではある。世の中は、変わらねばならない。私にとって、『ペイルカ』は何よりも大切だがね。個人的な日々も、今では私のアイデンティティを形成しているのだ。つまり、アントニウスに、かなり感化されている」
「はあ。ドワーフの相棒に?」
「人生は出会いで変わるものだ。君も、そういった出会いをして来たんじゃないか」
「……拾って、もらえたからな」
「アントニウスは、詳しいことを私に語らなかったがね。故郷のために戦っていたわけじゃない。世の中に粘り着く、社会構造のようなものに抗っていたんだ。すべてを、教えてはくれなかったし、性格も違っていた。対立することもあったよ。だが、『モロー』の商人、『ショーレ』からの手紙が、少しだけ彼の物語を私に教えた」
「……聞いてやるべきかな、中年男の語りを」
「聞いておくといい。私を理解できるかもしれない。それは、私と仕事をするには、有益なものだろう」
「聞いてやるよ。どんなハナシだ」
「アントニウスは弟のために戦っていた。奴隷商に買われた弟を、どうにか取り戻そうとしていたらしい」
「見つけたのか……いや、そんな顔じゃ、ねえな」
「とっくの昔に、『アントニウス』は死んでいた。ああ、この名前は、私がアントニウスだと呼んでいた男の、『弟の名前』になる。『コラード』に参加するよりも、ずっと前に。彼は弟を亡くしていて……その名前を、自ら名乗るようになった」
「……どういう、感情なんだろう」
「後悔の念があったのさ。弟を助けてやりたかったのに……『プレイレス』も、亜人種の奴隷についての扱いは手酷いものがあってね」
「『イルカルラ』は、まだ恨んでいる」
「そうだろうとも。それほど、恨まれるような態度をこれまでし続けていた。アントニウスは、弟の墓を見つけられなかったんだよ。どこの農園で死んだのかまで、突きとめたのに。奴隷たちの墓に、名前なんて誰も刻んではくれなかったから。どれが弟の墓なのか分からなかったんだ。彼の大切な弟は、モノあつかいされていた。私の相棒にとって、『アントニウス』という失われた名前は、どうにも大きな意味があったんだ」
「……ありふれた、ハナシじゃある」
「そうだ。ありふれているからこそ、悲しくもあるのだよ。変えてみたいと、思うほどに。アントニウスは、そうだった。あれは炎だね。私に少しだけ燃え移ってくれている。おかげで、勇敢さが増えた」
「思っていた以上に、感傷的な男らしい」
「そうだよ。世界を変えたいと願う理由にしては、相応しいものじゃないか」




