第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百二十三
―――ひねくれ者ではあるけれど、覚えておいて欲しいようだね。
「覚えておきやがれ」という言葉には、相応の態度が与えられるときがある。
記憶力のいい三人の猟兵たちから、アーベルという少年は覚えられたんだ。
メイウェイのかたわらにいる、ハーフ・エルフの少年としてね……。
「出撃は、いつになるんだ?」
「上官に対しての言葉か、それが?」
「……いつ出陣になるんでしょうかね、メイウェイさん」
「可能ならば、今宵のうちに」
「フットワークが軽いんだな。あちこちに、連絡係を配置しているらしい」
「その通り。基本だろう」
「さすがは、帝国軍クオリティってトコロだ」
「それ以上を、作る。そうでなければ、長い目での戦に勝てない。帝国を倒す。それが、『自由同盟』の勝利だ」
「……ゾッとするね。やるよ、やるけれど」
「それでいい。現実的な者も必要だ」
「あんたは、それでも勝てると……」
「もちろん。どれだけ結集できるかが、肝心ではあるが……」
―――メイウェイの想像力は、ボクたちが描いた帝国に勝つシナリオを見抜きつつある。
軍事的な天才にとって、それは朝飯前でもあるから。
だから、メイウェイは考えつつある。
『自分が意外性のある駒』として、機能するべきだと……。
―――メイウェイは、カール・エッド少佐のもとに向かう。
アーベルを連れて行くべきか迷ったけれど、社会勉強させてやる気になったらしい。
ハーフ・エルフという立場を、政治的に利用したくもあった。
アリーチェの幻を見せられたおかげで、カール・エッド少佐自身も価値観が歪んだ……。
―――『自由同盟』にとっては、とても好ましい方向に対してね。
亜人種のゲリラたちと行動を共にして、『海賊』の真似事をしていたから。
亜人種たちへの偏見も減りつつあったが、やはり保守的な人物ではある。
印象的なキッカケは必要であり、アリーチェはその引き金にはなった……。
「ハーフ・エルフを、従者にしたのか」
「従者だって?ただの、手下に過ぎないぜ、オレは」
「……護衛のようなものだ。年齢に不相応なほど、軍才はあるからね」
「鍛えあげてみたいと。なるほど、メイウェイ殿も、後進の育成に興味があると」
「私がいつ戦場で死んだとしてもいいように、力を引き継げる人材を用意しておきたいのだ」
「そう、理想的な人材は見つけられないものだよ。私も、『コラード』時代の相棒を失った。ドワーフの戦士アントニウス。勇猛果敢でね、恐れを知らなかったよ。『ペイルカ』の元・兵士だって、彼になら預けられたのだが……」
「勇敢な者は、よく死んでしまう。アントニウス殿の冥福を」
「……ああ。ありがとう」
―――ヒトの死が、周囲にどれほどの影響をもたらすものか。
カール・エッド少佐は、アリーチェが見せた幻のなかで。
アントニウスも見ていたよ、義理堅い男だったから。
悪神と死んだ少女が戦うのなら、あの世からでも駆けつける……。
「誰もが、献身的であるべきだ。キュレネイ・ザトーは、いいデモンストレーションをしてくれたよ。議員たちも、文句が言えなくなる」
「自由に動けるな。我々、軍人が」
「……そうだ。『ペイルカ』は『王無き土地』、私は、議会に従うべきだとは理解している。しかし、時代にそれほどの余裕はない。出し尽くしても、五分だろう」
「帝国と五分だってか?……やっぱり、ちょっとは現実的な男がいた方がいいな」
「若者にしてはベテランじみた洞察をする。褒めてあげよう、アーベルくん」
「帝国を舐めるなよ。寝首かかれっぞ」
「舐めちゃいないさ。悲観し続ける時間を、卒業しただけ。相棒は教えてくれたよ。『正しく戦って死ねばいい』と」
「……どいつもこいつも、死にたがりかよ」
「生き恥を味わったら、多少なりとも度胸がつくものだ」
「第九師団に蹴散らされた。それが、ちょっと前までのアンタの評価」
「そうとも。屈辱的だった。野に下り、海賊あつかいされたからな。自分を押し殺すことを、覚えなくてはならなかった。羞恥心と責任に押しつぶされて、何度、海に飛び込もうとしたか……若者には、そういう屈辱は理解できんだろう」
「まあな。恥を感じられるほど、名誉もしれない。オレは、ただの傭兵だ」
「ただの傭兵でも、ないだろう。素性を明かすつもりはないのか?」
「……オレは、バハル様の、養子だ」
「呪われ、『死貴族』となった男の……つまり、あの少女の……義理の兄弟」
「アリーチェは、義姉になる。ハーフ・エルフだから、代わりに……育ててもらえたのかもしれない」
「『ペイルカ』を襲ったんだが。恨まれても文句は言えない」
「恨みはしないよ。こうして、仲間になってくれたなら」
「そうかい?……仲間に対して、アンタは冷たいような気もする。メイウェイを……うちの上司を冷遇していた。才能に嫉妬してか、恐怖を抱いて」
「認めよう。劣等感を抱いてはいるよ。彼は戦場では負けなしのままだ。私と違ってね」
「……運が良かっただけだ。貴方のほうが、今では評価も高いだろう。野に下った身から、見事に故郷を奪還した」
「ストラウス卿や、多くの仲間たちのおかげではある。だが……勝つための努力はした。マイク・クーガーに……」
「強かっただろう。アレも、天才だった。帝国軍の登用システムが生んだ、最高の軍人のひとり。グラム・シェアが『外様』でなければ、私より階級が上だったかもしれない」
「政争は、どこにでも起きるものだね」
「そういうことになる。だが、我々はその呪わしい足かせを、またひとつ外せた」
「乾杯したくなるが、それはまた後日となりそうだ」
「当然だよ。カール・エッド少佐、私は……『西』に向かいたい。可能な限り、すみやかに。後発で部隊を送ってくれるのなら、今からでもいい」
「……じつは、『ツイスト』の学長殿からも連絡があってね」
「大学の、学長が?」
「ケットシーのばあさんとも、知り合いだってのかよ?」
「メイウェイと私がよく知っている男が、君の『西』への動きを察したらしい。協力したがっているようだよ。この展開を、読み切っていたらしい」
「……まさか。レイ・ロッドマン大尉」
「そうだ。連携していたのかと思ったが……違うか」
「ストラウス卿が『オルテガ』を陥落させたと聞く。それに対して、帝国軍の次の動きを読んだ結果だろう。『暇そうにしている私』が、どうせ動くだろうと。彼もまた、元・帝国軍人。東の最前線に、出て欲しくないと考える『プレイレス』人も多かろう」
「超がつくほど有能な人材たちが、ヒマだってよ。仲が悪いって、本当に良くないもんだ」
「耳が痛いが、少しは改善されつつある。私は……君らに後発で援軍を送ると約束しよう」
「ありがたい。それならば、すぐにも発てる」
「前線で戦力再編成するのは、かなり困難だろうが……」
「問題はない。私は……いわば、『控え』でね」
「ふむ。『控え』?」
「アインウルフ将軍に、もしものときがあったとき。臨時で指揮を執るという役割だった。崩れた陣容を、素早く再編成してまとめ上げる。それが、私の役割だ」
「慣れている、というわけか」
「その通り。編成や管理は得意だ。問題はないよ」
「嫉妬したくなる才能だ。私や、マイク・クーガーも、軍事的な師匠はいなかった」
「独力で、その力を得たのなら。私よりも、ずっと才能がある。不撓不屈の男には、あこがれを抱くよ」




