第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百二十二
―――傭兵として生きた時間が、アーベルに物分かりの良さを与えていた。
戦場で『目立つ』のも、『騎士道』の役目ではあるけれど。
キュレネイに対しては、騎士の印象を抱けないでいるからね。
奥義を宣伝する様子に、罠の気配も感じていたわけだ……。
―――『ゴースト・アヴェンジャー』は、いわば汚れ役だった。
ソルジェに宿っている騎士道の精神とも、ジャンに宿りつつあるプライドとも違う。
別のベクトルの忠誠があって、それはアーベルの持っていた質に近しい。
その忠誠は、少しだけ悲しくもあるものだ……。
「自分よりも、正しいヤツに仕える。それで、救われた気持ちになることだって……あるもんだよな」
「ふむ。それは、私に言っているでありますか?それとも、自分自身に?」
「どっちだろう。どっちでも、いいんじゃないか。どうせ、思い当たるフシはあるだろ」
「乙女の心を分かった気持ちになるとは、陰気な面のくせにモテるつもりでありますか。やれやれ」
「や、やれやれとか言うんじゃねえよ。オレは、別に……モテてねーし……くそ!何を言わしやがるんだ!」
「ノー。自分で恋の乏しい人生を、告白しただけであります。つまり、セルフみじめ」
「変な言葉を使うなよ。オレは、そもそもみじめでもない……」
「そうでありますか?アーベル、本当に?」
―――感情の読めない無表情、それは仮面のように冷たくもあるから。
傭兵みたいに厳しい人生を歩んでいなければ、キュレネイを恐れる者も多い。
本能的にね、『背後を見せたくない人物』というものがときどきいるもので。
キュレネイもそのグループに所属してしまう、生粋の暗殺者だから正しいことだ……。
―――アーベルは歓迎すべきだよ、彼の恋心が届くかは知らないけれど。
キュレネイを必要以上に怖がり過ぎて、自ら台無しにしないで済んだ。
大きな幸運だよ、乱世に生きる若者の命は儚い。
そんな若者が抱く恋心なんて、どれほどの脆さなのだろうか……。
―――我々のキュレネイ・ザトーの『恋人』として、彼が相応しいかはともかく。
キュレネイも恋愛感情を向けられてもいい年齢だ、無表情だけど美少女なんだし。
詩人としての意見だけど、誰だって恋を楽しんでもいいはずだ。
ソルジェを愛するキュレネイも、そんなキュレネイに恋するアーベルも……。
―――戯曲の華ではあるからね、アーベルはオマケみたいな立場だけれど。
『西』に向かうメイウェイの部下となったことで、キュレネイの近くにはいれる。
無自覚な恋心に、どれだけの若者たちが無意識のまま操られて来たことか。
運命はいつも突然で、抗いがたいモノだってことだよね……。
「……どうだっていい。必要なのは、『パンジャール猟兵団』が、うちの雇い主の『首輪』になるのに、『ペイルカ』の連中も文句はねえってハナシだ。ビジネスだ、ビジネス」
「あ、ああ。ああまでやられてしまえば、実力を認めざるを得ない。あれほどの、数を、本当に猟兵は殺せるのだな……」
「ドン引きしちまうのは、分かるぜ。こいつら、一生のあいだに、どれだけの数を殺すのか……三桁じゃ、終わらなさそうだ」
「イエス。帝国軍は、多いでありますから」
―――達人の背中に、寒気が走っていたね。
『ファン』であったとしても、この発言は恐ろしく思えるのだろう。
正しい判断だよ、だって数千人をその手にかけるのは恐ろしい行いではあるから。
ボクたちはずいぶん多く殺しているから、怖がられるのは当然だった……。
―――達人の男は、キュレネイがこれほどの強さに至る過程を想像する。
道場の鍛練だけでも、相当の努力が必要とされるのに。
実戦で技巧を鍛えるなんて真似をするには、果たしてどれだけ多くを殺したのか。
アーベルの予想よりも早く、キュレネイは四桁入りしている……。
―――『ゴースト・アヴェンジャー』の頃から、たくさん仕事をしているから。
達人は、目の前にいる美しい少女が無表情な理由の一端を知ったのかもしれない。
同情深い父親の視線で、哀れな始まりから巣立ち始めているキュレネイを見る。
でもね、あの一瞬の微笑みを見てもいるから希望も感じられたんだ……。
「意義を、感じているのなら。問題はないさ」
「意義。イエス。意義は、実に多いであります。世界を変えるために、戦おう。これからは、仲間であります」
「ああ。帝国に勝とうじゃないか」
「アーベルも、よろしくであります」
「おう。よろしくな、キュベレイ・ザトー」
―――笑顔はない、笑顔になれない者とひねくれ者の顔にはね。
この決闘の結果は、ボクたちにはありがたい効果をもたらした。
士気を高められたし、潜在的な内部対立を少しは緩和してくれる。
キュレネイらしい解決策だった、当のキュレネイは課題も感じていたけれど……。
―――アーベルたちと離れて、ククリとククルのもとに戻ると。
長い腕を胸元で交差しつつ、「ふーむ」とうなっていた。
猟兵としての実力を、過小評価されてしまうのは想定の内ではあったけれど。
もっと低く評価されないように振る舞えば、ことが早かったのかもしれない……。
「やはり、ヒゲでも生やすべきでありますか」
「え、えーと。何を言っているの、キュレネイさん!?」
「『外』の女性って、ヒゲが生えるんですか!?」
「ノー。つけヒゲという選択もあるかなと」
「いやいや!ないよ、ないから!!」
「そ、そうですよ。キュレネイさんは、可愛い乙女なんだからヒゲなんて……」
「私がガンダラ級の、いかつい巨体だったなら。戦力不足だとも、思われなかった気がするであります。ククリ、ククル。前にも言ったでありますが、『外』の世界では女性が『か弱い生き物』みたいなレッテルを張られがちであります」
「うん。前にも、聞いたけれど……」
「そういうの、『外』のおかしな価値観ですよね。『メルカ・コルン』は女だけしかいませんが、私たちに勝てる集団なんて、そうはいないと思うのに。賢さでも戦闘でも」
「イエス。でも、男子たちは、女を『守ってあげたい』などと考えたがるであります」
「さっきの子も、そうなの?」
「アーベルとかいう貧乏そうな少年。キュレネイさんに、やたらと話しかけていましたね。つまり、あれは求愛行動だったのでは?」
―――求愛行動、その場に詩人がいたならば。
もう少し気の利いた言い回しを、双子たちに教えただろう。
千年も男性と一緒に過ごしていないと、ちょっと恋愛用語が学問じみた。
インテリたちの巣窟もまた、少しばかり不健全ではあると思うんだよね……。
「ふむ。私はやはり罪深い女なのかもしれないであります。得意のスマイルで、多くの男を虜に」
「絶対に、してねえからなああああああああ!!」
「はははは。ハーフ・エルフらしく、耳がいいであります」
「オレみたいな強くなりたがっている男は、からかわれるのが嫌いなんだよ!!覚えておきやがれ!!」




