第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百十八
「年寄りくせえってんだよ。あんたも、まだまだこれからだろうが!」
「だと、いいんだがね」
―――枯れているつもりでいたいらしいけれど、それでも叩き上げの男だ。
兵士として優秀なメイウェイも、まだまだ力についての渇望はある。
どこかながめるような距離感ではあったけれど、キュレネイの気配に集中していた。
天才を目撃しなければならない、それは劣等感を刺激するものではあるんだよ……。
「右から左に、連続で叩き込んでいくであります」
「くるが、いい!!見せてみろ!!猟兵!!」
「イエス。『りゅうのほむらの』、発動」
「……ふ、う……ッ!?」
―――『風』の速さを帯びた踏み込みを、達人は見逃しかけていた。
いや、この場にいる観客たちのほとんどすべてが見逃している。
理不尽なまでの速さだったよ、『無拍子』の魔法は使っていない。
ただただ純粋なまでの速さを放ったキュレネイに、多くの者が追いつけなかった……。
―――アーベルは、思い切り悔しがったよ。
彼は見過ごしてはいなかったけれどね、その身に流れるエルフの血のおかげだろう。
動体視力に関しては、およそほとんどの種族の頂点に立てるのがエルフだから。
肉体の筋肉量に関しての評価、それほどでもないけれどね……。
―――悔しがったのは、あれだけの強化術を使用できないことが分かったから。
あくまで現状ではね、複雑な魔力を組み上げる技巧も知識もアーベルにはない。
筋力でも、現状ではキュレネイに劣るだろう。
見た目だけの筋肉量なら男であるアーベルの方があるけれど、質で負けている……。
―――なかなかの才能だよ、一瞬の踏み込みだけで多くを悟れたんだ。
アーベルもこれからの人生で、長く鍛練を重ねて行けば才能が開花するだろう。
『りゅうのほむらの』を完成させることは、さすがに不可能だろうけれど。
彼自身のスタイルにあった最強の力を、探って行けばいい……。
―――メイウェイも驚きと共に、納得していた。
マルケス・アインウルフの最盛期よりも、キュレネイはわずかに速い。
だが、わずかなものだったよ。
そのおかげで見逃さずに済んだ、キュレネイの戦鎌の大振りの一撃のすべてを……。
―――達人は全力で逃げた、飛び退きながらね。
剣で受け止めようなどと考えなかったのは、すさまじく正しい。
これまでの攻防で、とっくの昔に剣の鋼は深い部分まで壊れていたから。
大振りの一刀を受け止めていれば、その瞬間に真っ二つだったろう……。
―――鋼だけで済むはずだったよ、もちろんキュレネイが手加減してくれるから。
殺すつもりはない、この勝負にそれなりのショー要素があればいい。
だいたい、こんな優秀な戦士を殺していては帝国に勝てないじゃないか。
達人は全力で逃げ、斬撃から逃れようとする左腕にわずかな傷と作っただけ……。
―――自分なら、かすらせなかっただろう。
この初撃に関しては、もう少し軽やかに回避できたはずだ。
メイウェイは実直な分析で、達人の能力を評価していた。
優秀である、だが次の攻めに対してはほとんど無力になる……。
―――重心を崩さなければ、大鎌のリーチから逃れられなかったから。
不安定な足運びに陥り、もはやマトモな構えに戻る余裕はない。
キュレネイが殺すつもりだったなら、再び踏み込みを使えばいいだけだった。
でも、それをキュレネイはやるはずもない……。
「手加減、してもらえるのなら!!」
―――役割りを達人は理解している、キュレネイの奥義の実験台になることだ。
『生きた的』として動いてやろう、そんな感情を素直に抱けたのは。
武術の道に生きる者としての、じつに前向きな協力だった。
二度目の斬撃が、達人の間合いに迫る……。
―――速いが、あくまでも大振り。
斬撃の軌道については、読み切れもする。
斬撃をどうにか避けた、鋼にまとわりついた『炎』のかがやき。
死神の鎌の一刀を間近で見れるなんて、武術の達人としては眼福ではあろう……。
―――生きた心地はしなかったはずだけど、それでも引きつりながら笑顔になった。
三度目と四度目も必死に避けた、キュレネイは完璧な『真正面』につけてくる。
間合いの管理で『殺さないように』動いてくれている、おかげで『生きた的』は続行だ。
五度目も六度目も、本気であればとっくにひき肉にされていたかも……。
―――間合いを開こうとしても、完璧に『わずかながら足らない距離』。
キュレネイは間合いを完全に設定してくれる、それも神がかった技巧だ。
考えても見て欲しい、魔を帯びた美しい死神の剣舞を目の当たりにする。
それが武術を志す者たちにとって、どれだけの喜びになるのか……。
―――圧倒的な暴力というものは、戦士にとっては神秘的なものだよ。
死と破壊の化身みたいなキュレネイの斬撃、それらをかいくぐりながら。
達人は彼女を神格化していた、自分を生贄にしてもいいと誤認するほど。
キュレネイは美しかったし、それは課題のひとつの答えだよ……。
―――この極限の場でも、相手に『自分を伝えている』のだから。
キュレネイは『りゅうのほむらの』で、技巧的な成長も見せつけつつ。
心理的な成長もしていた、心を伝える能力だ。
キュレネイに欠けていたそれが、大きく成長しつつある……。
「君は、美しい―――」
「―――ノー。まだまだ、上に行く」
―――十三回の斬撃、ソルジェほどの威力はなかった。
でも、回数だけなら十二分にやれたよ。
キュレネイは、『りゅうのほむらの』を完成させた。
それを喜ぶために、口の端を左の人差し指を使って持ち上げる……。
「スマイル、であります」




