第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百十六
「手加減しながら、戦っているよね。もぐもぐ」
「ええ。キュレネイさんは、悩んでいるように思います。もぐもぐ」
「それはそれとして、この桃、美味しいねえ」
「ジューシーでいいですね。長老にも、送ってもらうように手配はしていましたが」
―――果物に関して、『メルカ』の人々は大いなる情熱を持っているらしいからね。
傭兵の一部がこのイベントに乗じるように販売を始めた、桃のシロップ漬け。
当然のようにストレガ姉妹は購入し、その味の探求を続けている。
キュレネイの戦いよりも、こちらの味の方に興味があるらしい……。
―――キュレネイが『他者に自らの動きを伝えたい』、と考える理由がまだ分からない。
戦闘においては、どう考えても自分の作戦がばれない方が強いからだ。
そもそも『仲間と連携する』ために、『メルカ・コルン』の人々は苦労しないからね。
お互いのことを誰よりも理解し合っている、あまりにも自然なまでに……。
―――『ホムンクルス』の社会というものは、とても均一なものだったから。
『ホムンクルス』の『双子』というイレギュラーである彼女たちも、さほど変わらない。
個性や自由意志というものが、『メルカ』の人々のあいだではまだ醸成してはいないよ。
『仲間と連携しようとしての苦悩』を、肌で感じ取れないのも当然だろう……。
―――それでも、賢さに関してはすべての種族の上位互換だ。
理屈では分かっているよ、『自分たち並みの連携』を『自由同盟』の全員が成せば?
おそらく最強の軍隊の完成だろうと、ちょっと自意識過剰気味にも評価している。
まあ、かつてほどの『世間知らず』ぶりはないけれどね……。
―――『外』には強力な戦士たちが、山ほどいたのだから。
ボクたち『パンジャール猟兵団』の『洗礼』を浴びたせいで、大きな弱点を知った。
『すべてが一緒』という組織は、弱点が同一ということでもある。
そういった組織は、攻略されやすさもあるのだと理解した……。
―――自分たちが勝てない相手が、敵に回っただけで?
たとえば、ソルジェだ。
『メルカ』の人々にとって、『メルカ・コルン』を娶った唯一の男は特別だった。
敵対したいと思える相手ではない、従属しているというわけではないが……。
―――強烈なまでのシンパシーであり、もはや『家族』同然だろう。
ソルジェに敵意をもたれて、策略を用いられたなら?
おそらく自分たちはあっさりと淘汰されてしまうと、双子たちは理解している。
そんなことはありえないが、仮定の状況においては負けてしまうのだ……。
「世の中は不思議だよね。みんなが同じだと、強いけれど」
「それと同時に、弱くもあるわ」
「どちらがいいのかな?……キュレネイさんは、何だか複雑なコトを目指しているけれど」
「複雑さも、弱さになるときさえある。なかなか、どれが最適解なのかは、分からないものね。いや、たぶん……」
「うん。たぶん、本当の意味での最強は、この世にないんだろうね……もぐもぐ」
「もぐもぐ。ええ。だからこそ、悩むんだわ。キュレネイさんほど、圧倒的に強くても」
「そう考えると、さ。私たちは、ちょっと救われているかも」
「救われているって、どういうコト?」
「ソルジェ兄さんたち猟兵よりは、まだ弱いからね!……『追いかけられる背中』が、いてくれるってありがたいよ」
「ああ、そうよね。真似て行けばいいもの。学び取るだけでも、私たちはまだまだ強くなれるから……キュレネイさんほど、思考錯誤はしなくてもいい」
「ありがたいよ。迷っているだけ、強くなるための時間をムダにしちゃいそうだしね」
「猟兵のレベルに、ソルジェ兄さんたちに追いつくまでは、私たちはまだまだ習得すべき課題が見えていいわよね……でも、キュレネイさんに」
「協力してあげたいよね。すごく、必死だもん。あれだけ強いのに、手加減しながら……自分の『強み』と、真逆をやろうともしている……矛盾を、実現しようとするのは、難しいよね」
「せめて、この戦いのすべてを記憶しておいてあげましょう」
「賛成。どっちの戦い方も見つつ、私は、キュレネイさんの方を、重視ね!」
「役割分担か。まあ、いいわ。私は、あのおじさんの方に、集中しよう……もぐもぐ」
―――二人にとっても、異文化の勉強にはなるだろう。
『ぺイルカ』の達人の剣術だって、まったくもって悪いものじゃない。
百人の戦士を集めれば、その一番から十番以内の強さにはなるはずだ。
道場の競技的なルールにおいては、一番か二番といったレベルなのだからね……。
―――キュレネイの振るう戦鎌は、死を強いる竜巻のようなものだけれど。
手加減してもらえれば、十二分に生き延びられている。
もしも、全力でキュレネイが動けば即死だろうし。
キュレネイが『無拍子』を使って、予備動作を消してくれば回避は困難だ……。
「『外』の方々も、なかなかやるよね。キュレネイさん、手加減し過ぎているけれど」
「悪くはありません。とくにあの方は、技巧だけなら帝国兵の水準の数倍」
「それでも、キュレネイさんには及ばない」
「当然です。焦り始めている。集中力が、もたないでしょう。もって……あと、十数手」
―――達人は追い詰められている、こんな少女に追い詰められるなんて。
武術を志してから数十年、想像した日はなかった。
自分の年齢の半分以下の少女に、圧倒されてしまう日が来るとは。
都市国家の悪癖が、出てしまってはいる……。
―――ちいさな世界で、満足してしまうんだよ。
たくさんの都市国家を渡り歩くべきだったね、そうすればもっと腕を磨けた。
ひとつの流派のなかで、ひとつの都市国家のなかで純粋培養された剣が。
混沌とした『ヴァルガロフ』の武術と猟兵の戦技で編まれた戦鎌に、競れるはずもない……。
「お、おのれ……ッ」
「そろそろ、体力の限界でありますか。無理に、追い詰めてしまっては……不必要なケガをさせてしまう恐れがある」
「バカに、し、してくれるな……ッ」
「ノー。十分な達人、これだけ『手抜き』出来たのは、あなたが強いからであります」
―――真摯な言葉だったよ、嫌味はない。
この達人は十分な力を持ってはいた、ただキュレネイが圧倒的なだけ。
悔しいが、それでも悟ってくれる。
殺される危険は、なさそうだとね……。
―――素晴らしい『演武』ではあったよ、『決闘』であるとは見なす必要はもうない。
キュレネイの一撃を、何度も受け切れる者がどれだけいるか。
たとえ『手加減』していても、戦鎌の速さと一撃の重さに鋼は砕かれる。
観戦者の誰もが理解していたよ、この男と同じ立場になりたくはないと……。
「おおむね、課題はクリアであります。もっと、伝える能力を、磨きたくもありましたが」
「どうして、こ、こんな真似を……っ」
「強くなりたい。個々の力では、勝てぬ敵もいる。戦は、とくにそうだから。世界を、変えられる唯一にして無二の機会。失敗に終わるわけには、いかない。あなたも、同じではないのか。帝国に支配されるのは、嫌なはずであります」
「……そう、だな……ッ」
「お付き合いしてくれた代わりに、選ばせてあげるであります。私の最強の技を、受けてみるか。それとも……ただキレイに、静かに気を失うか。どちらも、私はしてやれる」
「なめるな。前者で、来い……っ。私にも、意地がある。まだまだ、強くなりたいんだ!!」
―――キュレネイは、喜んでいた。
戦いはコミュニケーションだけど、キュレネイのスタイルは少しばかり孤独だからね。
常に奇襲になる、読み合いのない一方的な攻撃だ。
ずいぶんと変則的な状況ではあるけれど、今このときはいつもと違い交流があった……。
「イエス。では、完成させてやるであります。ストラウス家の奥義……『りゅうのほむらの』を」




