第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百十二
―――とどのつまり、彼は父親だったのだ。
どれだけ狂暴なところがあったり、優れて傭兵であったりしたところで。
レイ・ロッドマン自身が、混沌とした乱世の片すみで定義した自分は。
夫であり父であること、それはとても明瞭な真摯さだったよ……。
―――フラビア・ステイシーという人物は、そういった明瞭さを好んだ。
彼女の書いた著作のなかで、フラビア自身も己の定義をしている。
『私は定義が好きなのだ。その物事の本質が何であり、何のためにあるのか』。
『自らを自らで定める瞬間、それは生き方を背負わせる行為だ』……。
―――『この不確かな世界のなかで、一度たりとも信念に基づいて生き始めたなら』。
『心が朽ち果てない限り、己は変わらないものだ』。
『私が信じられるものは、家族想いの人物である』。
『利他的な行いのなかでも、何処か利己的なそれ』……。
―――『今後、どれだけの失望をするかは分からないが』。
『この永続する信念は、揺らぐことはない』。
フラビアにとって、レイ・ロッドマンは最高の交渉人だったわけだ。
それを彼自身は利用していないし、もちろんリサだってそうだよ……。
―――ただの偶然であるし、あるいは必死な者たちが手繰り寄せただけの運命だ。
どっちでもいいけれど、ボクは詩人なのだから後者を推薦するとしよう。
このろくでもなく現実的な世界にはね、ちょっとは詩的な運命論が要るよ。
ヒトはそういった瞬間を見つけて、表現し続けるべきだと信じている……。
―――そうじゃないと、あまりにもこの世は悪意が支配的であるように思えちゃうからね。
ボクもそれほど楽観主義者というわけじゃないし、『あくどい人物』だろうけど。
運命も奇跡も、じつのところは大好きなんだ。
ヒトの意志がたどり着ける最果ての場所は、神さまさえも超越した場所だと信じる……。
―――『ゼルアガ/侵略神』のたぐいには、とくに負けたくないところだよ。
今日は、女神イースという試練を越えられた記念すべき日だ。
祝いたいから、たくさんの良い報告がやって来るのを待ってもいる。
フラビア・ステイシーの結論は、そのひとつだったのは確かだね……。
―――彼女は、レイ・ロッドマンに船を与えたんだ。
運命の引き金のひとつになる、レイ・ロッドマンの読みの通り。
メイウェイは『西』に向かおうとしていたし、その意志は承認される。
カール・エッド少佐と、ドゥーニア姫によってね……。
―――この二人もメイウェイを理解しつつあるんだ、誠実かつ『軍事的な天才』。
正直なところ、カール・エッド少佐とドゥーニア姫よりも戦は上手だし。
潜在的なカリスマ性では、二人よりもあるかもしれないね。
巨大な才能というものは厄介のところがあり、周りを従わせる力を持っている……。
―――乱世において、最も重宝される才能のひとつが『軍才』という点においては。
さほど議論の余地はないと信じているよ、あったとすれば次点で血筋だけれど。
これも『軍才』に殺されて来たから、歴史書の多くのページで王朝が交代している。
どっちが強いかを決めるのは、野暮ったい行いだよね……。
―――メイウェイはソルジェほど奪われてもいないし、与えられてもいない。
マルケス・アインウルフよりも『下』だし、王にも貴族にも向いていないかもね。
だけど、荒野を歩きながら作戦を練り始めているこの男は。
『兵士』としての才能だけなら、世界でトップかもしれないんだ……。
―――王や貴族や騎士とは異なり、自分のために戦えない。
つまりは、フラビア・ステイシーも気に入りそうな男だったよ。
利己的な男であり、『家族』という概念で彼が連想するのは自分の所属部隊だけ。
『兵士』であり『兵隊』を『家族』と呼ぶ、一種の昆虫めいた忠誠心があった……。
―――けなしているわけじゃない、本能のレベルでメイウェイは兵士だってことさ。
敵に回したい人物のはずもなく、彼の才能が戦場を求めているのなら。
カール・エッド少佐も引き留めることはないし、ドゥーニア姫もうなずいた。
メイウェイの望みに従い、『猟兵を首輪にする』ことにもね……。
「イエス。了解したであります」
―――我らが猟兵、キュレネイ・ザトー。
『西』にいる帝国兵どもを、遊撃しながら狩っていた彼女。
今日の『戦果』も著しくてね、76人の帝国兵を殺して29人捕虜を取っていた。
単独行動の結果ではなく、ククリとククルのストレガ姉妹もともにね……。
―――賢くて判断力の高いトリオは、『西』から帝国軍がやって来ないように。
『プレイレス』の西端部で暴れ続けていたわけだよ、過度に刺激しないようにね。
だから、『手加減して殺している』わけだ。
カール・エッド少佐はその報告を、冗談だと思ったかもしれないけれど……。
―――キュレネイが猟兵で、ククリとククルが『ソルジェの義妹たち』だと知れば。
すぐに納得してしまう、カール・エッド少佐もソルジェへの評価は高いんだから。
竜を乗り回す北方野蛮人の部下と、その義妹たちは。
ソルジェに対して抱いた印象に比べると、不釣り合いなほど知的で冷静だったはず……。
「メイウェイを自由にするわけにはいかないのだよ。彼を信じていないわけでもない。忍耐強い人物ではあるが……」
「『メルカ』と違って、『外』の人たちは一丸じゃないもんね」
「キュレネイさんが認めるなら、ソルジェ兄さんが認めたと同じこと。メイウェイ氏の首輪として、しばらく同行いたします」
「少佐、私たちの仕事を信じるであります。メイウェイが裏切れば、ちゃんとその首。少佐のもとに転がしてあげるであります」
―――いつもの無表情で、キュレネイはそう語るからね。
人生経験が豊富かつ、故郷で政治活動にも揉まれて成長盛りの中年男性も。
さすがに額のすみっこの方には、冷や汗のひとつだって浮かばせる。
巨大な戦鎌を抱えたキュレネイに、伝説の死の神々でも見たのだろうさ……。
―――実際のところ、伝説の存在よりも実在の死神の方が嫌だろうからね。
キュレネイの無表情な視線は、慣れていない者からは『冷たく』見えるんだ。
ちょっとは怖いよ、本当はチャーミングでユーモアのある乙女なんだけれど。
床をチラ見した赤い瞳に、少佐はメイウェイの生首をちゃんと想像していた……。
「正直なところ。メイウェイが裏切るとは、私は思わないでありますが。保険は、ないと。常人の神経では、安心できない」
「常人か、そうだな。その通り」
「気に病むことはないであります。それは、『マトモ』という誉め言葉。傷つくべきでは、ありません」
「フォローしてくれているのなら、その必要はない」
「やれやれ。大人は強がりであります。そして、誰もが本音を隠したがる」
「だよね。私とククルは、『外』についてあまり詳しくないから」
「キュレネイさんの判断に、任せます」
「イエス。そうするといい。私は、賢くってキュートなチーム・リーダーでありますからな。間違いは、万に一つも犯さない」
―――無表情のまま、床をまた見つめていたよ。
ああ、カール・エッド少佐をからかうためにね。
賢くてキュートなチーム・リーダーらしく、悪趣味なジョークも楽しむ。
つまりは、いつも通りのキュレネイだった……。




