第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百十一
―――『人質』には、どういった『候補』がいるものだろうか。
実際にやるかはともかく、という前提をしながらフラビアは考える。
こういった行為に慣れているわけではないが、論理的な思考は得意だからね。
『採点』するのも、慣れてはいるんだよ……。
―――幸か不幸か、すぐに思いついた人物がいる。
カイ・レブラートだったよ、カイならば『人質』として大きな価値があった。
レブラート一族が私財を投げ打ってでも、未来の当主を助けようとするはずだ。
船一隻でカイを拉致することで、たくさんの船を呼び寄せられる……。
―――少なくとも、自分よりは確実に船を用意できるだろうともね。
フラビア・ステイシーは価値ある人物ではあるけれど、金持ちではないから。
誰かを動かすには、名声よりも積まれた大金の方が早いときだってある。
気高い戦士を見つけ出せる確率に比べて、金が大好きな野心家を探す方が楽だった……。
―――有効ではある、その点だけは認めておこう。
すべては時と場合の結果次第、状況が悪化すれば倫理観も無視すべきかもしれない。
ケットシーの一人として、『自由同盟』が倒される可能性は避けたかった。
メイウェイが『自由同盟』の力になるのであれば、生かしてやりたい……。
―――賢者である彼女は、ボクたちの思惑も見抜いていたよ。
『自由同盟』の幹部たちも、メイウェイを利用したがるはずだとね。
ボクは『ルードの狐』らしく、承認していただろう。
この場にいたら、『もしもの時』はメイウェイのために罪を犯してもいいと……。
―――そういう汚れ仕事をするための人材だからこそ、『狐』なのさ。
まさか我らが女王クラリスに、こんな表に出せない密談にサインはさせられない。
ボクたち部下が、『勝手にやっておくべき行為』というものもある。
政治というものは建前が大切で、ボクたちは主のために泥をかぶる仕事だ……。
「あくどい方法ですね。あまり、実際にやって欲しくはありません」
「そうだな。だが、そういった方法もやれるというだけだ」
「……他の方法を、見つけるべきですね」
「ああ。あればいいんだが。オレも、リスクを好むような年齢は、とっくの昔に卒業しているんだよ」
「そうでしょうかね。あえて、危険を好んでもいるように感じますが」
「間違いだよ、学長殿。だが、オレの覚悟ぐらいは伝わってんじゃないか?」
「ええ。メイウェイを、どうしても生かしたい。自分の妻子のために……『自由同盟』を、勝たせたいから」
「あんたらも、同じだと思うぜ。『自由同盟』の勝利が、どうしたって欲しいだろ?」
「もちろん。そのために、戦いに参加しました」
「だったら、ハナシは早い。メイウェイは、絶対に生かしておきたいんだ。保険ってのは、事が起きるよりも先に仕込んでいなくちゃならねえ。オレの勘はな、当たる。メイウェイは、必ず、孤立させられるときが来るんだよ」
「そこまで、皆が愚かだとは信じたくないですが……」
「愚かなわけじゃない。むしろ賢くて、欲深いだけ」
「……戦場に長くいると、あまり好ましい性格ではいられないようですね」
「当然だろ。毎日のように、殺し合いをしている。マトモでいられるのは、ほんの一握りだ。オレは、一握りでありたいとは願っているが……あんたから見ると違うのかも」
「好ましい性格はない。ですが、それが必要な時代でもある」
「まあ、そういうことだ。悲しいが、今は、まさにその時代だ」
―――自分が『間違っている存在』だと、レイ・ロッドマンは考えられている。
彼が戦闘狂でいられたのは、ちょっと昔のことだったらしい。
今はただの決意で、究極の自己犠牲が行えるひとりの父親に過ぎないのかも。
愛情というものが、他のあらゆる心の力よりも弱いなどとは思っちゃいないけれどね……。
―――愛のためなら、何だってやれるのも。
ヒトの美しい本能だと、詩人であるボクは信じている。
レイ・ロッドマンについて、学長殿は『採点』を繰り返していた。
フラビア・ステイシーなりの、人材鑑定のノウハウはある……。
―――レイ・ロッドマンは、『条件付き』で信用できる。
そういった結論に達するまで、それほど長い時間はかからなかった。
執務机の上に山積みになっていた書類のなかから、一枚の羊皮紙を探したよ。
すぐに見つかる、記憶力は衰え知らずの学長殿だった……。
「あなたに、船を一隻、貸してあげるとしましょう」
「船足が速いヤツがいい。遅さは、すべてに対して罪深い」
「ふう。分かりましたよ。でも、船員は足りない」
「それは、勧誘している連中がいるから問題はねえ。うちの船と船員たちは、東側の警備に出したいからな。だから……『新しい船員』を、用意している」
「……この、『ツイスト』で?……つまり」
「ああ。学生だ。『ツイスト』大学の生徒で、学生軍に合流したがらなかった連中も、酒場には来るんだよ」
「参戦の意志がない者を、危険に巻き込むと?」
「もちろん。あいつらも分かっている。『逃げられない』とな。最前線を目指して行軍しなくても、そのうち……何らかの形で、戦いには関わるハメになるんだ。この戦いは、逃げ切れるほど、小さなモンじゃねえからな」
「……それは、そうでしょうね」
「臆病者たち、あるいは、『やさしい連中』だ。殺すのが嫌なんだよ。でも、オレの船の目標は『救助』だと言った。拉致を実行する可能性があることまでは、言ってねえ。若い衆には、刺激的なワードだからな」
「言わないであげてください。罪の重さを背負うとすれば、あなたと私が相応しい」
「……ほう。いいヤツだな」
「善良であろうと、いつも心がけてきました。でも、それだけで済む時代ではない。『自由同盟』の勝利のために、努力はいたします。罪も、かぶりましょう」
「いらねえさ。オレだけのせいにすればいい。もしものときはね……だから、もしも、うちの子が大学で勉強したいとか言い出したときは。入試の点数が足りなくても、多目に見てくれ」




