第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百十
―――レイ・ロッドマンは、得意気な笑みを浮かべていたよ。
ビジネスの上で、自信を見せるという点は評価されるべき行いではあったけれど。
フラビアは学長としての立場から、そういう演出に流されるのは間違いだと判断する。
戦略的に必要でなければ、後回しすべきだと考えていた……。
―――レイ・ロッドマンという傭兵に対して、個人的に評価したい点はない。
海賊対策や反乱分子狩りをしていた人物は、あまり好まれるものではないだろう。
それについては、誰よりもレイ・ロッドマン自身が自覚していたけれどね。
信用を得られるような目立つ活躍を、彼はまだ『自由同盟』側にもたらしてはいない……。
―――それが一種の焦りにもなっているとは、彼も分かっていた。
出世欲があるわけではないが、彼は妻子のためにこそ活躍したがっている。
千年に一度のチャンスではあり、世界を変えるための戦いに参加したがっているのさ。
その情熱を素直に表現するのは苦手だし、そもそも感情論ではフラビアは揺らがない……。
「メイウェイが『西』の攻略に動いたとき、誰よりもフォローできるのはオレが率いる部隊なのは明白なんだ。あいつは天才ではある。しかしね、兵隊の運用が上手いだけとも言えるな」
「アインウルフ将軍並みの、カリスマ性がないと?」
「言ってやるなよ。だが、まあ、そうなるね。マルケス・アインウルフだとか、あんたたちのソルジェ・ストラウスという将は、やはり特別ではあるんだ」
「英雄性、というべきものでしょうかね」
「もっと、明確なモノかもしれんが……それについては、どうでもいいだろう」
「ええ。メイウェイ殿を、フォローする。具体的には、それがどんな効果をもたらすと言うのでしょうか?『自由同盟』の戦力だって、メイウェイ殿を一人きりにするとは思いません。『イルカルラ』の戦力や、カール・エッド少佐が動いてくれなかったとしても……義勇兵の組織も、かなり作られているんですよ」
「そいつらじゃ、メイウェイの戦略を理解できない。『プレイレス』の市民軍は、遠征慣れしちゃいないだろう?ストラウス卿が、東に向かっている今でさえ、追いついちゃいない。竜の翼があるからじゃないぜ。不慣れなんだよ」
「貴方なら、慣れていると?」
「もちろんだ。『侵略師団』に雇われていた。最強の移動能力を誇った『第六師団』と、この大陸で最も文明が進んでいるはずの『プレイレス』を掌握してみせた、『第九師団』の実力者たちだぞ。学もないし、身分も悪い。育ちは最悪だが、実力だけはある。オレたちに指揮させれば、兵力は輝く。『プレイレス』の市民軍よりもな!」
「……客観的な評価をすれば、その主張も理解はできる。しかし、軍隊というものは『プレイレス』においては、政治的な存在」
「帝国でも、他の王国でも変わりはしませんよ」
「では、分かるでしょう」
「……まあ、な。オレたちは、政治的な信用はない。軍事的な実績があったとしてもな。だからこそ、あんたにお願いしてもいる。一流の、権力者だからだ」
「はあ。権力者ですか。ただの学術組織の長みたいなものですがね」
「謙遜が過ぎるよ。事実上、この都市のボスじゃないか。いや、もっと大きいか。各地のインテリは、あんたの言葉に耳を貸してくれる。差別に凝り固まった帝国軍の士官でさえ、あんたの忠告は、正しいかもしれないと考えちまうんだ」
「私にはそこまでの影響力はありませんよ。やれることは、限られています。リソースは、いつだって有限なのですからね」
「分かった。具体的な戦略を話す」
「そうしてください。私も影響力の乏しい女ですが、それなりには忙しいのよ」
「『ぺイルカ』から、『西』に対して戦力を送る……『船団』を構築したい」
「『船団』とは、大きく出ましたね。あなたには、今、一隻の船だってないのに」
「そうだ。だが、メイウェイが活躍すれば……『西』の敵を、足止めや誘導だってやれるんだ。少数戦力でも、あいつなら成し遂げるが……カール・エッド少佐や、『イルカルラ』の女王が動かないなら、逃げ道を与えられないかもしれない」
「彼らも、それほど愚かではないでしょう」
「そうかな?どちらも、メイウェイを恐ろしい存在だと感じているだろうよ。歴史は、そういう政治力を持った軍事的な英傑に……どういう仕打ちをしてきたのかな?……ああ、すまないね。学長さまに、オレがする授業はない」
「いいえ。正しい力学については、耳を貸すべきです。あなたのおっしゃりたいことは、理解できる……どの土地においても、『そういった方』は、煙たがれる」
「破壊された『トルス』の、太守にでもしてやるのが最適じゃあるんだぜ。メイウェイなら、ボロボロにされちまった都市国家でも、少数の兵力で上手く生き抜いてみせる。それなのに、人材をフワフワと、無意味に浮かしちまっているんだ」
「『トルス』は、私たちにとっても大切な土地です」
「再建すべきだろう。特殊な戦いのせいで、ずいぶんと疲弊した」
「その余力が、ないのです」
「ないのは、余力だろうかね。メイウェイは、『イルカルラ』で街づくりもした。街づくりどころか、国づくりめいたことさえも。『トルス』の代表者にするのが嫌でも、雇われ将軍にでもしてやればいいのに」
「……政治的には、難しいのよ」
「そうだな。だから、メイウェイは才能を余らせている。あいつも、軍人だ。そういう状況を必ず不満に思っちまう。いい兵隊ってのはな、自分を『道具』だと思える者たちのことだ。あいつは、まさにその資質に優れている」
「あなたに、船を貸したとしても……魔法のように増やせるとは限りません。メイウェイ殿は優れた馬術の使い手と聞いておりますから、単独でも逃げおおせるのでは?」
「仲間を見捨ててかな?そういう行いを、あいつはしないよ」
「……では、討ち取られる可能性があると?」
「そうだ。そこが、問題だな。メイウェイという才能が、『自由同盟』から消える。そいつは、かなりの損害じゃないのか?メイウェイと、騎兵の指揮合戦で勝てる将は、大陸に数えるほどしかいねえ。どんなに評価を下げても、五本の指には入るんだぞ。運次第で、最強になれるかもという実力者という意味だ。貴重じゃないとでも?」
「……たしかに。死なせたくは、ないですね」
「そうだ。だがね、政治ってのは、やっぱり厄介なんだ。無意味なほどに、メンツにもこだわるからね。『メイウェイに頼った』という評価を受ければ、カール・エッド少佐も、『イルカルラ』の女王も、その地位に傷がつく。カール・エッド少佐なんて、一度は追放された身だ。権力の失墜に、トラウマを抱いている」
「……あなたに一隻の船を、提供したとして。どうやって、メイウェイ殿や、その仲間たちを撤退させられるのですか?」
「オレが、引き連れていく『船員』に力があるな」
「……誰を、連れて行くと?」
「権力者なら、誰でもいい。下手すりゃ、あんたでも構わない」
「……私のような者を、『人質』にして、周りの船を動員させると?」
「『カール・エッド少佐を拉致する』よりは、マシだろう」
「あなたは、ずいぶんと過激なことを言うのですね」
―――その発言に、フラビアは顔色さえ変えなかった。
何せ、賢い彼女は予想をしていたからだ。
賢いけれど、人生経験が足りないリサは真っ青な顔になっていたけれどね。
レイ・ロッドマンという人物を、まだリサは理解し尽くしてはいなかったのさ……。
―――長年の傭兵生活で、恐ろしく高い評価を受けた人物だから。
彼もいくつかアタマのネジというべき制御装置が、不在となっている。
カール・エッド少佐を拉致して、『人質』にしてしまうという方法。
レイ・ロッドマンなら、正直なところいつでもやりかねないんだ……。
「オレはね、とにかく勝たせたいんだよ。妻と子供のために。住みやすい世の中にしちまいたいのさ。そのためなら、テロリストにだってなれる。メンツが邪魔して動けないなら、オレが動かしてやるよ。そのあと、気に食わないなら処分しろ」
「あなたを、殺せと?」
「実際にしなくてもいい。名前を変えて生きている男を、何人も知っている」
「……物騒な方ですね。その言葉を聞いて、私が同意したがるとでも?」
「ああ。そうだと思うよ。何せ、誰よりも賢い人物のひとりだからね」




