第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百八
―――権威を得るためには、努力が必要だったよ。
ソルジェらしい努力の方法もあれば、カイのような選択もある。
『手土産』は戦意の工場に役立ち、カイはまるで自らの勝利のように演説した。
弁論に長けた者は、評価を得やすくなるものだ……。
―――ソルジェの『秘書』だとか、『広報担当官』になった気持ちだった。
選挙対策委員でもいいかもしれないね、『王無き土地』では貴重な仕事のひとつだ。
王家の血筋という、明確な伝統に頼れない以上。
『王無き土地』で権威の決め手となるのは、いつだって選挙だったからね……。
―――うらやましくもあるし、厄介なところもある。
権威の価値が、人々の話し合いで決められてしまうなんて。
女王クラリスに仕えている者とすれば、それに賛成することは出来ないよ。
当のクラリス本人は、実のところそういう仕組みを好んでもいるけれど……。
―――ルード王国は歴史が長いというわけじゃなく、貿易で生まれた新しい国だから。
王家の権威は強力だけれど、それは不安定さに対応した結果に過ぎない。
ボクたち『ルードの狐』と、さまざまな種族の長たちの努力と血の結果だね。
手を汚すことで、権威を勝ち取るという歴史もあるわけさ……。
―――クラリスみたいなインテリは、そういう血の価値を重んじる場合もあれば。
どこか辟易してしまうという日も、若いときにはあった。
学生時代の彼女は、『王無き土地』や『古王朝』の価値観も好んでいたんだ。
ボクは止めなかった、女王になるべきヒトにだって自由な猶予期間があってもいい……。
―――姉が聞いていれば、ボクのことを荒野に埋めたくなっただろう。
首まで土の下に収まったあとで、ようやく弁明の余地が生まれたはずだ。
『ルードの狐』とすれば、絶対に守るべき権威が王家の血統なんだよ。
容赦なく守るべきで、時と場合においては姉の手で殺されるボクもいたかもね……。
―――遠い『未来』はさておいて、今はまだ『王無き土地』は限られた場所だけでいい。
ボクたちには王家という絶対的な権威のもとで、揺らがない結束を利用すべきだから。
乱世を生き抜くにはね、ときどき傲慢さも必要なんだよ。
『自由同盟』は、大きくなり過ぎてもいるからね……。
―――自分たちの土地から、すでに帝国軍を『追い払った』。
そういった国家たちの戦意を保つためにも、王族やリーダーたちの権威は必要だ。
『帝国を倒す唯一の機会』に、ユアンダートを討たなければならないけれど。
故郷から敵を追い払っただけで、満足してしまう者たちも多い……。
―――分からなくはないよ、みんな故郷や祖国を守っただけでも十分過ぎる勝利だ。
そのためにこそ、命懸けで敵と殺し合いをやれているのだからね。
戦士たちは疑問しつつあるんだ、故郷から遠く離れた土地に立ったとき。
「どうしてオレたちは、こんな異国で戦っているんだ?」と……。
―――それでも、同盟関係というものは。
とくに軍事同盟というものは、戦士の率直な感情よりもはるかに重大なんだ。
ボクたちは『お互いを帝国軍から守る』、という約束のもとに戦ったわけだからね。
一蓮托生ではあるよ、その事実を皆が理解しておかないといけない……。
―――王家の血が、主張することで『自由同盟』に権威を与え続けるべきだ。
そうでなければ、果てしなく長い戦いに戦士たちの心をつなぎ留められない。
故郷から遠ざかる度に、だんだんと戦士の意欲は減っていくものだから。
そして、この法則は敵にも通じる……。
―――『帝都に近づくほどに、帝国軍も本気になる』。
ボクたちが相手にしているのは、そういう敵なんだ。
その敵に対して、敵以上の士気を保つためには多くの権威が必要だった。
軍隊は王さまに『敵を殺せ』と言われるから、戦えるんだよね……。
―――その言葉は、もしかしたら呪わしい部分もあるかもしれないけれど。
『殺したがらない本能』だとか、単純に長くて難易度のある戦いを克服するには必要だ。
つまり、王家の権威に頼れるボクたちの方がね。
カイ・レブラートよりも、ずっと気楽な側面もあるってことだよ……。
「サー・ストラウスは勝利したぞ!!帝国軍を追い払い、『ルファード』と『オルテガ』を奪還してみせた!!我々の英雄は、次々と偉大な勝利を成し遂げている!!我々も、負けてはならない!!」
―――政治家の器を、カイはしっかりと持っていた。
大商人レブラートの一族からすれば、商人の交渉術として鍛えさせたものだろうけれど。
両親の『期待以上』に、カイの演説は上手だったんだよ。
『部下を率いるリーダーシップと、ビジネスを理解する賢ささえあれば良かった』のに……。
―――カイは、自分の運命に気づきつつあるのかもしれないね。
英雄よりも政治家としてのセンスを、多く持っているから。
それに、学生たちが『モデル』として認識するには悪くない立場だ。
ソルジェほど強くはないし、だが一般の学生たちよりは上だ……。
―――『自由同盟』という『外国』の政治力学に、若い学生が入り込んだ姿。
憧れや嫉妬を抱きやすくて、学生たちからすればいい目標になるだろう。
『憧れ』という動機は、軍には必要な要素でもあってね。
『なりたい人物像』がいると、結束しやすくなるんだ……。
―――ソルジェよりは、ずっと身近で。
『自分たちだって置き換われそうなポジション』に対して、野心ある学生たちは。
強い好奇心を持ってくれてもいる、カイは絶対的な存在じゃないからこそ。
『普通の学生たち』と、『自由同盟』の軍事力に結び付けてくれる『橋』になれる……。
―――ありがたいことだよ、リサ・ステイシーの教えだけじゃなくて。
カイ・レブラートの政治的な技巧が、学生たちを一人前以上の兵団に変えてくれる。
『身近な目標』ほど、マジメで野心的な若者を操るものは少ないからね。
インテリの若者たちはカイに勝るため、鍛錬と理論武装や政治的主張に励む……。
―――そうすることで、この集団はどんどん強くなるというわけさ。
学生らしく目標があれば、がむしゃらに努力もしてくれる。
ボクがカイに政治家の才があると思うのは、この事実を『計算していたからだ』。
熱さに負けず、派手で高い服を身につけての演説をしてみせた彼は……。
―――政治的な演出の大切さを、本能的にしっかりと理解している。
学生たちの競争心を引き出すために、我が身を捧げてくれたわけだ。
なかなかにスマートであり、若者らしからぬ老獪さと理解力だよ。
まあ、それだけ必死だということでもあるけどね……。
「……そうだ。オレに、食いつけ。オレになら勝てると、競争心をむき出しにするんだよ。そうなったときは、この大学半島の学生たちって、スゲー熱いんだからな。誰もが、負けたくはない。同じ、若造にはね…………がんばってくれよ。強くなってくれ。ちょっと口が上手いだけのオレに、負けるつもりはねえだろ、天才ども……やる気を出せ、全力を……いや、全力以上をだ。出世欲むき出しにしろ、歴史に名を残せる少ないチャンスだと理解しろ。いいか……いいか?…………オレは、家庭を持ったんだ。死にたくねえし、ガキだって、この腕で抱き上げてみたいんだからな……」
―――ちょっとだけ、それでもしっかりと明確に。
カイ・レブラートという才能は、政治家としての手腕に関して学生たちより上だった。
生きるために、世界を変える必要がある。
『ハーフ・エルフ』の親になるのは、不幸な人生を歩むためじゃない……。
「……がんばるぜ。がんばるんだ。世界を、変えちまわないと。オレたちは、幸せにはなれないんだから。だから、変えちまうんだ」
―――カイにとってこの戦争は、とても個人的な側面を持っている、
襲いかかる敵意から逃げ回る人生を、彼は求めていないから。
千年の歴史と、彼の『家族』の戦いだ。
父親になる覚悟をしたこの若者は、戦死しなければ歴史に名を残すだろう……。




