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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その五百六


―――マエス・ダーンは、作品に布をかぶせた。

躍動感のあり過ぎる彼女の作品は、間違いなく『生きている』からだ。

寝かせてあげようとしているらしい、石像たちは作者に話しかけてくることも多い。

力作であればあるほど、それらは語る……。




―――やさしい手つきで、破天荒さで名高い天才芸術家は作品を封じた。

アトリエの一角にあった椅子に手を伸ばし、腰を下ろしたよ。

作品には背中を向けている、いつか彼女の予想では。

命を吹き込んでしまった石像が動き、彼女の首を絞めるだろう……。




「天才の末路は、そういうものさ。カッコ良くて、さみしくて、誰にも真似できないものじゃないといけない。死に方さえも、高度な芸術家には求められるものだからね」




―――今日は、まだ彼女の伝説的な命日になる予定じゃなかったみたいだ。

アリーチェの石像は動くことはなく、造物主への殺意を見せることはない。

芸術家の仕事場にある家具の宿命として、荒れ果てたテーブル。

酒瓶と仕事道具と手紙と資料用の本がごちゃまぜになった場所から、酒を手に取る……。




「度数の高い酒で、祝うとしよう。君も、聞きたいだろうからね、アリーチェ。ソルジェ・ストラウスは大活躍したらしい。『ルファード』という都市を、帝国から奪い取ったとか。それに、『オルテガ』だ……そこも解放するために、出陣したそうだ。きっと、勝利を得るだろう。アレは、とてもいい生徒だったから」




―――殺人事件を捜査するときに、感覚の使い方を伝授したらしいからね。

天才芸術家並みの感覚を、ソルジェは少し教わったそうだ。

命のない物体から、つまり建物や場所からさえも記憶を読み解く方法。

石像を相手にするマエス・ダーンにとっては、日常茶飯事の行為だろう……。




「恐ろしく柔軟だよ。もっと、狂暴な北方野蛮人かと考えていたが。アレは、なかなかに特殊だ。戦士だとか、軍人というものは、芸術家の技巧なんて気持ち悪がるだけだろうに。ちょっとだけ、使いこなしていたよ。身内に、いい芸術家がいるのかもしれない」




―――ボクのことかもしれないね、あるいはレイチェルのことかも。

どちらもアーティストだけど、決めつけるのは不毛だからやめておこう。

『人魚』の感覚に、詩人が勝てるとは思っていないしね。

芸術というのは、競い合うものでもないさ……。




「竜の力の宿った魔法の目玉に、私が教えてやった感覚の使い方まで備わった。元々、バケモノじみていた軍才に、さらなる磨きがかかったはずだ。アレからは、特殊な生命力を感じられたから。『生きている感覚』が、強い。私がそう感じた連中は、間違いなく一流の何かになった。芸術家だとか、商人もいれば、軍人も……アレは、そいつら偉大な連中と比べても、けた違いの『生きている感覚』があったんだぞ。お前の、依頼主は……」




―――アトリエのなかは、無音だったよ。

夏の暑さの遠くで、虫が鳴く音が聞こえてくるぐらいでね。

アリーチェの石像が、ボクたちに聞こえる言葉を使うことはない。

だが、作者には違うみたいだ……。




「気になるだろう。お前にとっては、一種の『父親』みたいなものだから。私は母親ではないから、注意しろ。筋骨隆々の野蛮人は好みではない。精神的な『父親』だ。子供の石像を依頼する者のほとんどが、娘を亡くした親たちだな。今回も、似たようなものだ。ソルジェ・ストラウスは、父親ごっこをしようとしていぞ。まったく。乱世というものは、悩ましいものだな。お互いに、死んだ誰かを重ねがちだ」




―――ソルジェは死んだ妹セシルについても、アリーチェに重ねている。

遠くない『未来』において、リエルに産ませるであろう『ハーフ・エルフ』の我が子も。

不幸にも病死してしまったアリーチェではあるが、幸せな人生を過ごしていたおかげか。

重ねやすくはあるのさ、ソルジェは自分の子が不幸になるとは考えていないから……。




「面白い、そして、特殊な才能だろうよ。誰もが、不安に思うだろうに。『狭間』が、どれだけ嫌われて来たのか、アレも知っているはずなのにな。だが、まったくもって。その種の不安を抱えちゃいないと……『プレイレス』の諸都市の代表たちも、アレには戸惑うだろう。どういう自信があるのか……非文明的な発想とも言えるし……その逆なかもしれない」




―――芸術家というものは、なかなかに勤勉ではあったね。

マエス・ダーンも、たくさんの本を読んでいる。

歴史を再現するためには、あるいは今に潜む歴史の経緯を知っておかなければ。

良い作品なんて、生み出せないときもあるからだよ……。




―――『狭間』についての文学は過去もあったが、石像はなかった。

少なくとも歴史に残るような石像はない、石像というものは宗教的であるからね。

絵画よりも存在感があって、それらはときに破壊されやすい。

『狭間』の英雄ぐらい過去にもいただろうけど、歴史の節目で破壊されたのさ……。




「だから、この分厚い本のどこにも、『ハーフ・エルフ』の石像についての記述がないのだよ。『ハーフ・エルフ』を『祀る』ような行為を、誰もがしなかったわけじゃない。歴史の節目に、新しく権力の座についた為政者たちが『間違いだった』として、破壊した。例外なくな。だから、ないのだ」




―――背中の向こう側で、布に隠された無言の少女。

それは作者にだけ聞こえる言葉を使い、マエス・ダーンに問いかける。

とても子供らしい疑問であり、そのくせ大人が答えるのは難しいものたちだった。

誰もが差別をしているけれど、そんなありふれた行いについて説明できる者は少ない……。




「文化的な行動だからだよ。『自分と異なる者』を、たったそれだけの理由で、ヒトは殺せるほどに憎める生き物なんだ。つまらない限界だが、本能めいているね。いつでも、いつまでも、再現されてきた。どんな集団であっても、それこそ人種も問わず。優れていようがいまいが、善良であろうが悪人であろうが。それが迫害や差別を抑止することはなかった。これまではな」




―――マエス・ダーンは、感じ取っているだけだった。

世界を変える流れを、ただ率直にね。

アリーチェ像作りに参加したことさえ、彼女にとっては自らの意志でもない。

世の中の大きな流れがあって、それに勝手に巻き込まれただけのこと……。




「私たち芸術家は、巫女のようなものだ。大きな意志を……そう、神々の意志みたいなものを、感じ取って、それに従うときがあるだけ。今回の仕事は、そういうたぐいのものだ。アリーチェ、お前も……そうだろう」




―――布の向こうに隠れているのは、天真爛漫な微笑みだ。

それが象徴しているものは、戦いじゃなかった。

戦いのあとにあるものを、アリーチェは信じているらしい。

少なくとも、マエス・ダーンが感じ取った部分だけでは……。




―――ああ、認めておこう。

ボクもちょっとアリーチェに対して、警戒心が強すぎるからね。

アリーチェ自身は、いい子だろうよ。

この戦いの果てにある『未来』は、きっとアリーチェの望む世界になっている……。




「たくさんの人々が、これからアレと共に戦い、死んでいく。その果てにだけ、たどり着ける、特別な結末があるから……どれだけ、死ぬだろうか…………」




―――戦士ではなく、生粋の芸術家だから。

マエス・ダーンは、争いに対して不毛だと感じてもいる。

ボクたちではその考えに、至ることはない。

猟兵としての生き方は、血にも肉にも魂にさえも融合しているから……。




「死なない方が、いいのだが。多くが、死ぬだろう。邪魔をしようとする者たちも、力を増すだろうから。他者を理解したがらない者もいる。そういった者たちは、迫害することで喜びと、正義を手に入れられるから。私の師をぶん殴った者たちは、数多い。高名な芸術家と知らなくても、知っていても関係ない。そういう、残酷な戦いになる……だから、私は、お前を『微笑むべきだ』と理解できたんだ。この道の果てが、微笑ましくて、ありふれたものであるべきだと、分かったからだ」




―――祈りを、捧げてしまっていた。

マエス・ダーンは、そうすべきだと感じてしまったのだろう。

政治に興味がないふりをしていたとしても、彼女は見ていた。

親代わりの師匠が迫害される状況を、誰よりも身近でね……。




「……そう。私の、芸術家としての腕も。お前という『神』を作るための、何かしらの大きな計略の……歯車のひとつなのだろう。お前は、ちょっと恐ろしいな。だが、だからこそ。より良い行いを選んでくれよ、アリーチェ」





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