第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百五
―――こうしてアーベルは、『自由同盟』の兵士としてボクたちの側に加入する。
騎士のもとで傭兵として育てられた、経験と才能豊かな『ハーフ・エルフ』。
使えそうな戦力だから、ボクは大歓迎だよ。
『リスク』についても、メイウェイが管理してくれるのなら問題はない……。
―――彼が『密命』を帯びているという、基本的な疑いだね。
手配書が回っていたとも自ら告げたし、仲間のために動きたがっている。
アーベルの仲間たちが殺されたのは、おそらく事実だろうけれど。
本当に全員だとは、限らないからね……。
―――何人か生き残って、『西』にいる連中に人質にされている可能性は?
メイウェイ暗殺の密命のために、『ハーフ・エルフ』が適していると考えられたとか。
よくあるハナシだし、ボクが非人道的な戦略まで許容するほどのクズならば。
しぶしぶ、そういった選択肢を取るかもしれないよね……。
―――だって、それはとても有効な戦術なのだから。
メイウェイもそのあたりは理解しているだろうから、ボクは気にしない。
リスクを承知した上でも、アーベルという人材は得難いものだよ。
バハルが生きていたら、きっとこの合流を喜ぶんじゃないだろうか……。
―――帝国への裏切りだったとしても、アーベルが自分らしく生きる選択だ。
養父として騎士として、敵対する道を選ぶ息子のことだって歓迎してやれる。
古くからの騎士が掲げた精神性は、そういうものだよ。
敵にさえ敬意を捧げる生き方というものが、確立してはいるのさ……。
―――メイウェイの背後を追って歩くアーベルは、まだ知らない。
『ハーフ・エルフ』が背負わされていた不当な評価、呪われた地位。
そういったものは『プレイレス』で、大幅に逆転しつつあることをね。
アリーチェと赤い竜の幻影は、この土地では新たな『信仰』になりつつある……。
―――『とんでもない芸術家』、マエス・ダーンは石像を完成させていた。
ひとつではないし、ふたつでもないよ。
とてつもない速度で、幻視したアリーチェのすがたを再現していく。
芸術がもたらす力を信じている彼女は、その仕事に没頭していたんだ……。
―――それらの石像は批評家たちから嫌われもするだろうし、異常に高い評価も受ける。
芸術界というのは、つまらない伝統の巣窟でもあってね。
『ハーフ・エルフ』の石像なんてものを、適切に評価するべき尺度がない。
いつの時代においても、『狭間』は差別されていたからだよ……。
―――いわば永遠の敵役であり、それはおぞましく醜く描かれなければならない。
『狭間』をまともに描くという行為は、そもそも減点すべき間違った行為なんだ。
そういった伝統をマエス・ダーンも知っているけど、今はまったく気にしちゃいない。
神秘的で愛らしく、そして勇敢なちいさな女の子として『狭間』を作っていた……。
「文化というものは、『異なっている』ということだよ。そもそも、差別的なものじゃあるんだ。自分とは違う存在。そういったものに対面するという行為が、文化と衝突するという意味なんだ」
―――自ら制作中の石像と、マエス・ダーンはいつものように語り合っている。
石に語りかけることは、放浪派の芸術家として正しくもあった。
彼女の師匠はドワーフだったからね、差別されながらも素晴らしい腕を持っていた。
彼女にとって人種差別というものとの対話は、避けては通れぬ道……。
「どんなに、正しいことでも。呪わしい罰を与えられもする。自分たちと違うという事実は、大きな力を持っているんだ。アリーチェ、君は……そういう認識に、大穴を開けられる象徴になる。神秘性を、持ちつつあるから」
―――アリーチェが事実上の神さまになっているなんて、マエス・ダーンは知らない。
だが、芸術家らしい感性というか。
けっきょくのところ、彼女が天才だからなのか。
彼女は状況を当ててしまっているのが、理不尽な天才性なのかもね……。
「信仰を捧げられている。それだけの象徴になれるんだよ。都市国家では、英雄や聖女という存在は、少なからず神さまになってきた。アリーチェ……君も、そうなる。千年のあいだ、そういった存在はいなかった。歴史のなかで、初めてのことだ。『狭間』は、いつの時代でも迫害されてきたのにね」
―――他者を認めるという行為が、それほど人々は上手ではない。
ときには、例外的な才能が現れもするけれどね。
今の時代では、ソルジェみたいな人物が特徴的かもしれない。
人種に対して根っからの差別意識がないとか、それはそれで異常ではあるものだ……。
「強力な英雄が、暴力でフォローしてくれる。私が形を与えてみた、君の石像に対して、冒涜的な行為をしようとする者たちも、大勢現れるだろうけれどね。ソルジェ・ストラウスに対しての恐怖心や敬意が、そういった感情を抑止してくれる。ありがたいことだ。私の作品というものは、ときどき不作法なゴミどもに壊されてしまうからね」
―――世の中の流れに対して、逆らうというのは恐ろしい高位でもある。
社会は必ず、復讐してくるものでもあるから。
人種差別をしないなんて異常な人々を、嫌うに決まってもいた。
マエス・ダーンは天才だが、誰からも好かれるような立場ではない……。
「貴重なことだ。人々が、否でも応でも、君の姿と対面させられるんだ。アリーチェ、それが、どれだけ文化に対しての挑戦なのか、きっと、君には分からない。まだ子供だからね。ソルジェ・ストラウスと共闘したときは、もっと成長した姿も見せたらしいが……あのとき幻視した君は、間違いなく、子供のそれでしかなかったよ」
―――文化というのは、違っているということだ。
マエス・ダーンはもう一度、その事実をつぶやいていた。
旅することを好む彼女には、仮のアトリエしかないけれど。
いくつかお気に入りの場所というものが、たしかにあった……。
―――女優とその恋人だった奴隷が、殺されてしまった湖畔の近くでもね。
追悼のための演劇が執り行われていて、それはマエス・ダーンの気に入るものだった。
世間様からは、少なからず嫌われたとしても。
殺された者たちの人生を、ただ追体験するような筋書きはあのふたりの主張だった……。
「芸術というものは、ときどきね。他人様の心に土足で踏みこむような行いをする。それは、かなり、気持ち良くないことでもあって。だいたいの場合は拒絶されてしまうものだ。あの芝居も、なかなかに攻めたものだったな。だが、保守的な観客にも受けるだろう。古典的な名作のプロットを汲んでもいる。ありふれた、うつくしい物語だ。ただ、人種の垣根を越えるというタブーがあっただけで」
―――数週間前までなら、きっと暴動ものだったのに。
そういった挑発的な演劇を披露するだけでも、命懸けだったものだ。
でも、アリーチェの幻視とソルジェの権力がそれを変えている。
芸術というものは、そもそも宗教に仕えるものでもあった……。
「私たち芸術家の力も、君に捧げている形になったね。アリーチェ、君は……世の中を良くも悪くも変えてしまう神さまになる。それは、きっと……新しくて、破滅的な、衝突も招くだろうけれど。それだけじゃない。世の中に、ちゃんと希望も与えてくれると信じているよ」




