第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百四
―――天邪鬼な兵士についても、メイウェイは取り扱い方を心得ているらしい。
アーベルに強いることで、彼に『適した形』を与えている。
『狭間』である、まして最も嫌悪される『ハーフ・エルフ』であるのなら。
本来はボクたちの側に属していた方が、生きやすさもあるのだからね……。
―――『自由同盟』という言葉を使わせることで、一種の契約になったんだ。
アーベルは少しだけ気が楽になっているはずだよ、所属するとはそういう効果がある。
この広大な大陸で、乱世の混沌のなかでひとりぼっちのまま生きるのは難しい。
誰もが何かに所属してこそ、ようやく一人前の戦いだってやれるものだ……。
「来たまえ。君の装備を、新調しておこう」
「……護衛らしく、着飾らせるのか?」
「もちろんだとも。兵士とは階級であり、階級とは見た目でもある。私の護衛だというのであれば、周りから恨みを買われることも減る」
「そうかな。嫉妬されるときもあるんだぜ」
「わざわざ危険な『西』に、義勇兵を率いて向かう。そんな男に、多くの者は嫉妬しない。むしろ、嫉妬してくれるのであれば、士気の高さがあっていいとも言える」
「……士気は、低いと?」
「いいや。十分にある。だが、ああいうものはいくらあっても困らない」
「確かに、そうだな。どうせ、練度の面では、帝国には勝てやしねえ」
「そうとも。士気の高さは必要だ。若い兵士も多い。ありがたいことであるものの」
「苦労を、しちゃいないな。行軍ひとつだって、まともにやり遂げられるのか怪しいもんだぜ」
「ならば、君はどうする?」
「はあ?なんだ、その質問は?」
「『自由同盟』の兵士となった君なら、どうすると聞いているのだよ。上官からの命令というものには、直ちに答えるべきだ」
「……『自由同盟』の兵士としてなら……そう、だな。アドバイスしてやりたい点は、あまりにも多い。マイク・クーガーの書いた教本でも読ませてやりたいが、それを理解するセンスもないだろう。都市国家の軍は、そもそも……遠征という概念が弱い。最終手段として、都市に逃げ込み籠城するのがセオリーになっていた。だから、負けた」
「カール・エッド少佐は、それを知っている。改善してくれるだろう」
「足りんだろう。兵站にはセンスがいる。行軍していく者たちに、ちゃんと食料が渡らなければ強兵でも勝てん……大学半島の、学生どもがいるのなら……そいつらを兵站部隊に所属しておきたい。大学半島には多くの食料を送っていた。『プレイレス』の諸都市がやっていた、商い意外で唯一の長距離食料輸送だ」
「学生たちにも、主体的な都市運営を体験させるために……いわば、一種の教育として、食材の運び入れも任せていたらしいな」
「そう聞いている。あいつらは、きっと、マイク・クーガーの教本を理解はできなくても、読んで猿真似するぐらいはやれるだろうから。あいつらの、親どももだ。理解するよ。我が子にエサを送り届ける任務と、じつに似ていると。鳥でも必死になれる。本能を、機能させちまえばいいんだ。親鳥の気持ちにさせれば、必死こいて『出し惜しみ』をしなくなる。第九師団に焼かれる最中でも、各都市の連中が結束を保てたのは、原始的なエサやりの感情があったらかだ」
「君たちは、大学半島に詳しかったようだな」
「ああ。ばれちまったらしい」
―――戦場において、文化を把握する行為は有益だよ。
どこをどう攻撃し、誰を攻撃すべきか。
あるいは、そうじゃないかが分かるからだね。
アーベルが大学半島に詳しいのなら、その理由は多くはない……。
「ライザ・ソナーズには、大学半島を掌握するプランがあった。『聖域』をいつまでも、帝国が許すわけはない」
「マイク・クーガーに余力があったら……というか、『イルカルラ』であんたが安泰だったら。あいつは自由に動けただろう。大学半島を焼き払っていたかもしれない。グラム・シェアだって嫌がる汚れ仕事ではあるが、皇帝が命じればやるほかない。マイク・クーガー、、あいつは本が好きな男だったから。自分なら、マシな被害に落ちつかせると考えていただろうよ。だが、実際のところ、あいつが動くのならば、ライザさまにも手柄が要る。オレたちは、いくつかの大学を占拠する予定だった」
「なるほど。『モロー』に近しい、半島東側を攻めるプランがあったんだね」
「当てて来やがる。まあ、当然だな」
「地理的に近しい場所から、奪い取る。大学半島の亜人種学生たちを人質に取る。『モロー』に運ぶことでね。ライザ・ソナーズほどの才媛ならば、上手く自分の『奴隷貿易』の仕組みに、諸都市の有力者たちを抱き込めただろう」
「ライザさまの実力が、はるか砂漠の向こうにまで届いていたとは。家来として、嬉しいね」
「現実に、ならずに良かった。それに、『イルカルラ』の太守でなくなったことで、大学半島を救えたというのなら、気が楽になるというものだ」
「……あの学生どもを、使ってやるといい」
―――『ぺイルカ』の近くにも、学生軍の一部が流れ着いている。
『ぺイルカ』出身者たちや、その友人知人たちがね。
カール・エッド少佐や『保護者』たちには、迷いがある。
学生たちをどこまで戦争に参加させるべきか、大人としては迷いどころだが……。
「使うべきだ。ほかに、適任者はいねえ。兵站部隊は、若い方がいいんだ。戦闘では弱っちいが、一晩寝れば、体力が回復できるという点でも、すぐれている」
―――そのとおりさ、人道的であるかは別にしてね。
年少の者たちが、体格の完成されていない大人に戦場で勝る利点は回復力。
それがモノを言うのが、輸送や偵察という任務になる。
まあ、アーベルは『それ以上』の理由も見つけているようだけどね……。
「どうせ、人殺しがやれる連中は少ない。賢いヤツは、とくにな。殺し合いの最中にも、『どうして?』なんてつまらんコトを考える。戦争が起きて、人が人を殺すのは、ごくありふれた行為なのに。それでも、賢いと考えちまう。だから、相手に殺されたりするんだ。士気が高いからといって、それは、あいつらの救いにはならないだろう。戦場の足しには、ならん」
「いい分析だな、アーベル」
「……それに。もったいない」
「もったいない、か」
「勉強ってのは、時間がかかっちまう。殺し合いで、アタマがいい連中をあまり消費すべきじゃない。死ぬのは、オレやあんたみたいな無学そうな連中からでいい」
「失礼なハナシだが、事実だから認めよう」
「兵士じゃ、世の中を作れない。乱暴者の支配者になれたところでな」
「それも、事実だね。アーベル、いい洞察だった。君は優れた兵士になれるだろう」
「目指しはする。向いているとも、思わんがね」
「向いているよ。戦場の知識だけではない。君のアドバンテージは、ちゃんと他人を認められる点だ」
「オレは、そんなに……」
「得難い力だよ。『自分にはない力』を、探し当てられる。『自由同盟』は、混沌としている雑多な群れだ。『自分にはない力』を使いこなせる兵が必要になるよ。そういう橋渡しを可能とするセンスや『タレント/人材』の有無が、けっきょくのところは帝国への勝利の鍵だ」




