第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五百二
―――乱世においては、さまざまな種類の野心が顕在化するものでね。
メイウェイは王さまになれない自分に、もう一度エリート軍人としての地位を与えたい。
すでにその実力は証明されているものの、結果として『イルカルラ』を奪われたからね。
政争で負けた結果だとしても、歴史はそうやさしい評価を下さないだろう……。
―――『負け犬』として歴史に描かれる可能性があり、それは耐えがたい屈辱だ。
歴史家はともかく、多くの市民はアインウルフの影に隠れた男を気にしなくなる。
アインウルフは大きな転換点となったが、メイウェイは状況に応じただけだ。
現代においてはメイウェイの影響力も十分なものだけど、きっと歴史には埋もれる……。
―――それが何よりも悔しいことだとは、自意識過剰ではない彼は思わないまでも。
屈辱的な末路だと、考えられるほどには天才だった。
誰しもが『自分の実力に相応しい評価』ぐらいは、欲しがるものだろう。
メイウェイの軍才も統治能力も、複数の国の恐れられる能力はあるのだからね……。
―――彼が王族の血を一滴でも引いていたら、もっと大きな力を持てただろう。
それは悲しいかな現実的な評価であり、メイウェイはその事実も腹立たしい。
貴族でなかった庶民に過ぎない男は、血筋の力に負けるという当然の力学が嫌いだ。
どこかで『それをくつがえしたい』という願望があって、それは野心の機会を得た……。
「私はね、自分を歓迎しない者たちとだって、仲良くやれる自信がある。そんな選択を、幾度となくしてきたのだから」
「見知らぬ連中を束ねる力量が、自分にはあるってか」
「まあね。君なら、よく分かっているだろう」
「……ふん。調子に乗っていると、戦場で後ろから刺されるぞ。マイク・クーガーの弟は、帝国軍のキャンプ内で殺された」
「腹心だったからね。嫉妬や、警戒もある。血筋に守られていないと、暗殺のリスクが増える日もあるさ」
「グラム・シェアが、マイク・クーガーの成長を恐れて、暗殺させたというウワサもある」
「ウワサなんて、気にするほどの価値があるとでも?」
「アインウルフが、あんたに嫉妬を抱くとか」
「それはないね。英雄らしい人物だから、私の活躍を喜んでくれるだけ。おそらく、グラム・シェアも……」
「弟を暗殺したりはしなかったかもしれないが、冷遇はしていただろう」
「『適切な距離』を保とうしただけ。第九師団ごと、敵視されないように」
「ん。ああ、そうか……『外様』のグラム・シェアが、マイク・クーガーみたいな天才と仲良くなれば……」
「ユアンダートは考えていたはずだよ。自分が敗北するとすれば、どういうシナリオなのか。『自由同盟』なんて、気にしちゃいなかった。今はともかくね。しばらく前までは、唯一のシナリオが」
「十大師団が、反乱を起こす」
「その通り。最強の武器が、主を討つ。とくに珍しくもない現象ではあるよ。歴史においては、非常にありふれている」
「マイク・クーガーの弟を暗殺したのは、皇帝?」
「さてね。私は当事者でもなければ、探偵でもない。兵隊は若者が多く、治安がいいとも言いがたい側面がある。非戦闘時には、ヒマに耐えなければならない。そこでは酒に酔った男もいれば、カード遊びで負けをこじらせて、借金を抱えた者もいる」
「ああいうクズどもに、刺されたと?」
「君も知っているはずだ。軍規が最も緩むのは、休息のなかにいるときさ」
「……クズ行為するにも、余裕がいるのは確かだろう」
―――アーベルは、どこか安心していた。
マイク・クーガーの弟を暗殺した犯人が、ライザ・ソナーズだと言われなかったから。
可能性がゼロだとも、言いがたいところがあるからね。
策略家ではあるし、政治的ライバルにはとても苛烈な女性ではあった……。
―――暗殺は、騎士道からすれば美徳とは言いがたい。
ライザ・ソナーズが美徳のかたまりとまでは、アーベルも思っていない。
だが、義理の両親が敬愛と忠誠を捧げていた相手だとは知っている。
だから、自分も盲目的な態度でそれを信じるのが義務だと決めた……。
「アーベル……ちょうどいい」
「何に、ちょうどいいと言うんだ?」
「君は、私の護衛になりたまえ」
「……はあ?アホなのか、あんた……」
「『プレイレス』の民はね、異常なまでに『ハーフ・エルフ』への態度を改めようとしている者たちがいる。これまでとは、ずいぶんと変わった」
「……アリーチェの、おかげで」
「それと同時に、あまりに強烈な変化を好まない保守的な者たちもいる」
「当然だな。『ハーフ・エルフ』を、ゴキブリ以上に嫌っていたのに。変わり過ぎだ」
―――世界は変化を好みもするし、嫌いもする。
人それぞれだよ、『変わった』という事実に対しては怒りもあるものだ。
差別というのは、そうたやすく消えてなくなるものじゃない。
『自由同盟』に属しはしものの、人々全員から差別感情が消えたわけではない……。
―――差別というものは、間違いなく一種の文化だ。
少なくとも、文化的な価値観に基づいている行いだよ。
文化というものは、それぞれの集団の特性だ。
『他とは変わっている』という力が、それぞれの文化だね……。
―――人種というものは、まさにそれだった。
文化を根底から支えている、変えがたい根拠のひとつ。
異文化に対して抱く嫌悪感が、人種差別の土台でもあるよ。
『我々とは違う連中』を、愛せるか憎悪するかは人それぞれだ……。
―――法律なり、権威なり。
あるいはソルジェという『圧倒的な大魔王/暴力』がいることで。
人それぞれである自由意志を、統制したりするわけだ。
ソルジェ本人にその考えがあるかはともかく、ボクらはそれを利用してはいる……。
―――ソルジェが『亜人種びいきの大魔王』だから、人々は差別できなくなった。
そういう面も、今という現実をちゃんと支えているんだよ。
この暴力的な強制がなければ、人々が差別を乗り越えられるわけないからさ。
戦争での活躍や暴力というものは、精神に対しての劇薬にはなってくれる……。
「君だって、暗殺されるかもしれない。『ハーフ・エルフ』は、象徴になりつつある。私のそばにいれば、ちょっとは安全だろ」
「……どっちが、護衛だ」
「助け合うのさ。フェアなハナシになる。君は数年後には、立派な剣の達人になれるよ。戦場を生き抜き、あるいは……戦場ではない、一見おだやかなキャンプの片すみで、おかしな兵士や、差別主義者に刺されなければ」
「生き抜くさ。利用する。復讐も、果たさねばならんから」
「よろしい。では、君は私の護衛としても雇おうじゃないか。裏切らないでくれたまえ。護衛にしたという意味は、目をかけてやるという意味だ」




